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アメリカで大規模な選挙不正が行われている?

2003年8月19日   田中 宇

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 アメリカでは選挙の投票が自動化され、有権者がコンピューターのスクリーンに触れる方法で投票が行われている地域が多いが、その投票マシンのプログラムに重大な欠陥があることが分かった。欠陥は、有権者が1人で何回でも投票できたり、選挙管理をする人が投票結果をばれないように書き換えたりできるというもので、全米の40州で使われ、すでに4万台以上も普及している投票マシンで、すでに選挙不正が行われているのではないかという疑惑が起きている。

 この投票マシン「AccuVote-TS」は、この業界の最大手の一つであるディーボルド社が開発したものだが、ワシントンDC近郊にあるジョンズ・ホプキンス大学の助教授らが、このマシンのプログラムを検証したところ、セキュリティに致命的な欠陥があることが分かった。この検証結果は研究者の個人的な見解を越え、ジョンズ・ホプキンス大学が、大学として正式な研究結果として認め、7月下旬に発表した

 ディーボルドのマシンによる投票は、選挙管理委員会が有権者にスマートカード(ICメモリカード)を渡し、有権者がそのカードをマシンに差し込むと投票可能な状態になり、投票結果はマシンからネットワークを経由して選挙センターのホストコンピューターに送られる仕組みになっている。

 だが、検証結果の報告書によると、市販のスマートカードにあらかじめ特定のプログラムを入れておき、それをポケットに忍ばせて投票所に行くことで、不正をしようとする有権者は、証拠を残さずに1人で何回も投票できるようになってしまう(投票マシンのプログラムはマイクロソフトのウィンドウズ上で動いている)。また同様の方法で、その投票ブースでのこれまでの投票結果を見ることもできてしまう。

 しかも、投票マシンから選挙センターのホストに選挙結果が送られる際、データを暗号化せずに送る仕組みになっており、電話線や無線LANといった傍受しやすいネットワークのルートで投票結果が送られることを考えると、あまりにセキュリティが甘い状態になっている。プログラムのソースコードの中にパスワードが直接書き込まれているなど、プログラムの書き方にも問題があったという。

▼不正疑惑があっても開票のやり直しができない

 アメリカでは、現ブッシュ政権を当選させた2000年の大統領選挙の際、フロリダ州で選挙結果が混乱し、投票用紙の不備が指摘されたため、紙の投票用紙にパンチを入れる従来の方式はダメだという主張が広まり、その代わりに投票マシンの電子化が促進されることになった。コンピューターの専門家たちは「コンピューター上で動く投票マシンで使われるプログラムが不正のできないものだと公式に確認されない限り、紙を使った投票用紙よりも電子式の方が危険がある」と指摘した。だが、ディーボルドなど投票マシンのメーカーは、プログラムの公開はセキュリティを低下させるとして、拒否していた。

 昨年の段階で、全米で行われた選挙の全投票の約2割が、ディーボルド社などいくつかの会社が開発した電子投票システムによって行われている。1人分ずつの電子投票の結果を紙に印字して集計することで、電子システムに不正がなかったかどうかを確認する方法も推奨されたが、アメリカの地方政府の多くが財政難に陥っている昨今、より多くのお金がかかる印字方式を併用する地域は少ない。電子投票は、不正疑惑があっても、開票作業のやり直しができない状態になっている。

 そんな中、今年1月、ディーボルド社のFTPサイトで投票マシンのプログラムが社内保守用に公開されていることをネット好きの人々やジャーナリストらが知り、そのプログラムに対する分析が始まった。そして、7月には不正が可能であることが分かり、ネット上で報じられ出した。ジョンズ・ホプキンス大学の研究者の検証は、こうした流れの中にある。その後、ニューヨークタイムスなど大手新聞もこの件を報じた

 この検証を通じて受けた批判に対してディーボルド社は、検証は選挙についてよく知らない学者が、実際の投票マシンの使われ方を無視し、プログラムだけに注目して批判している、と反論した。プログラムに少々の欠陥があったとしても実際の投票過程で不正が行われることはなく、電話線やインターネットを経由して選挙結果のデータが送られることはないので、たとえ暗号化されていなくても問題はないと主張した。市販のスマートカードを使った選挙不正の可能性については、どのようなプログラムを作ってスマートカードに入れておくとそのような不正ができるのか説明不足で分からない、と返答している。

 ディーボルト社の返答は、学者側の指摘を一蹴しており、プログラムを見直すといったようなことは何も言っておらず、欠陥を指摘された後も、同じプログラムが使われている可能性が大きい。

▼共和党のために作られた投票マシン?

 ディーボルド社の投票マシンが最初に大々的に使われたのは、昨年11月にジョージア州で行われた州知事と連邦上院議員の同時選挙だった。知事選挙では、事前の世論調査では現職の民主党の立候補者が、共和党の候補を10%前後リードしていたが、ディーボルドのマシンを使って行われた実際の選挙結果は、共和党の候補が5%のリードで当選した。同様に上院議員選挙では、130年ぶりに共和党候補が勝利している。この選挙で使われた投票マシンのプログラムは、ジョンズ・ホプキンス大学で検証したプログラムと同じものだった。(関連記事

 ここで問題となるのは、ディーボルド社が共和党とのつながりの深い会社だという点である。いくつかの報道によると、ディーボルト社(1999年設立)の現在の経営トップは、アメリカのもう一つの電子投票マシンの大手メーカーであるエレクション・システム・アンド・ソフトウェア社(ES&S、1980年設立)の創立者でもある。そして、ES&Sの創設には、上院議員であるチャック・ヘーゲル(Chuck Hagel)など、共和党の関係者が何人か関わっている。つまり、アメリカの電子投票マシンの大きなシェアを握る2つの会社は、経営陣が重なっており、それは共和党系の人脈につながっている。(関連記事その1その2

 こうした経営者の傾向と、ディーボルトの電子投票マシンのプログラムに重大な欠陥があったこと、そして昨年11月のジョージア州の選挙結果を重ね合わせると、電子投票マシンを使った選挙不正がすでに行われているのではないか、という疑惑が生まれて当然だ。だが、ジョージア州の投票手続きに不正がなかったかどうか、あとから再確認するすべはない。ジョージア州では、有権者1人ずつの投票結果を印字することをしていなかったからだ。

 電子投票マシンのメーカーの経営陣が共和党支持者であること自体は、何の問題もない。だが、メーカーが不正可能な投票マシンを製造していて、その欠陥についてメーカー側が情報公開しつつ修正するということを行わず、欠陥を指摘した学者を逆に批判するような行動に出ているとなると、話は変わってくる。

▼プログラムをチェックする「第三者」も、実は身内?

 その後、ディーボルド社の電子投票マシンを導入したいくつかの州は、今後もこのマシンを使った投票を続けるかどうか、再検討に入っている。ところが、ここでさらにおかしなことが起きている。

 東海岸のメリーランド州では、ディーボルトのマシンに欠陥がないかどうか、第三者にチェックしてもらうことにした。そして、チェックを行うのは、サイエンス・アプリケーションズ・インターナショナル(SAIC)という会社に決定した。(関連記事

 このSAICは、アメリカ国防総省から毎年巨額の受注を受けている情報技術の会社である。情報技術というと分かりにくいが、たとえばSAICはイラクで米占領軍政府がイラク人を親米にするために作ったテレビ局(Iraqi Media Network)を運営している(同局はアルジャジーラなどより人気が低いうえ、イラク人の経営トップが薄給を理由に辞めてしまったが)。(関連記事

 SAICは1997年には「テロリストがインターネットを襲撃する可能性がある。予算を使って防止策を考えるべきだ」という主張(electronic Pearl Harbor)を展開し、業界の内外から「SAICは自分が国防総省から防止策を受注するためにサイバーテロを煽っている」という批判を受けたりしている。(関連記事

 国防総省内の動きに敏感なウォッチャーの中には、SAICがネオコンと親しいと指摘する人もいる。ウソの諜報を上手に使ってブッシュ大統領にイラク戦争を起こさせたネオコンと、プロパガンダを扱う企業であるSAICは、確かに手法が似ている。(関連記事

 SAICが国防総省に近いということは、SAICも共和党タカ派の流れをくむ会社である可能性が大きい。つまり、共和党系の企業が作った投票プログラムの妥当性を、共和党系の企業がチェックして、問題がないかどうか決定するのだということになる。SAICが調べた結果は、メリーランド州当局が吟味するものの、結果を一般に発表することはしない予定だという。



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