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アフガニスタン民主化の茶番

2004年10月19日   田中 宇

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 10月9日にアフガニスタンで行われた大統領選挙に関して、不正が行われたという指摘がある。この選挙には、現職のハミド・カルザイ暫定政権大統領のほか、全部で18人が立候補していたが、このうち15人が投票日当日、不正が行われているため選挙は無効だとして、進行中の投票の中止を求めた。

 アフガニスタンでは、選挙前の有権者登録の段階で、一人で何回も登録して有権者カードを何枚も入手した人がかなりいると指摘され、そのため一人で何回も投票できないよう、投票が終わった人の親指に消えないインクで印をつけることにした。ところが投票日当日、いくつもの投票所で、すぐに消えてしまう水性インクで指に印をつけていることが分かった。このため選挙前から「カルザイを有利にするための不正が行われている」と指摘していた対立候補たちは、投票が始まって数時間たった10月9日の昼すぎ、団結して選挙の無効を宣言した。(関連記事

 アフガニスタンは2001年末にタリバン政権が米軍によって潰された後、アメリカの後ろ盾で暫定政権としてカルザイ政権が作られたが、カルザイが統治しているのは首都のカブール市内だけで、その他の地方では、地元の武装勢力(日本の昔の戦国大名のような存在)が統治している。そして、大統領選挙の対立候補の多くは、各地の武装勢力の指導者かその配下の人間だった。このため、対立候補たちが選挙の無効を宣言したのは、アフガニスタンを分裂させておきたい地方勢力が、カルザイに言いがかりをつけたものであろうという見方が出てきた。(関連記事

 投票から数日後、対立候補たちの多くは、選挙は不正だったという主張を撤回し、それと前後して国連主導の選挙管理委員会も「一部の投票所で手違いから、簡単に消せるインクが使われたのは事実だが、選挙結果そのものに重大な影響を及ぼすほどの問題ではない」という調査結果を出した。

 出口調査を行ったアメリカの選挙監視団体は「カルザイ圧勝」と発表した。インクをめぐる不正の指摘は、結局のところ対立候補による言いがかりにすぎず、彼らはカルザイの勝利が揺らがないとみるや主張を取り下げた、という展開であるかのように見える。

▼立候補を取り下げたら大臣にしてやる

 ところが、選挙前からのアフガン政局の動きを詳しく見ていくと、どうも対立候補たちの指摘の方が正しく、アフガニスタンの大統領選挙では大規模な不正が行われていたのではないか、という疑惑が感じられてくる。開票率4%の段階でカルザイは71%を得票し、圧勝がほぼ決定したと報じられているが、それでも私には疑問が残っている。(関連記事

 疑惑を感じる最大の要因は、アメリカ政府がどうしてもカルザイを勝たせたいと考えていたことだ。選挙前、アメリカの駐アフガニスタン大使であるザルメイ・カリルザドが、有力な対立候補たちに対し、何回も立候補を取り下げてくれと求めている(カリルザドはネオコン系の人物で、アフガン大使になる前は米軍の世界的再編成の戦略を練っていた)。(関連記事

 カリルザドは対立候補たちに「立候補を取り下げてカルザイを支持し、配下の地域住民たちがカルザイに投票するようにしてくれたら、次期カルザイ政権の閣僚ポストや州知事職のいくつかに、自分の好きな人物を就任させることができるようにしてやる」というような提案を行ったと、複数の候補が指摘している。

 たとえばアフガンの人口の15%を占めるハザラ人を代表するかたちの候補であるモハメド・モハキクの場合、立候補を宣言した後、間もなく事務所にカリルザドがやってきて、立候補を取り下げてほしいと要請した。モハキクは「取り下げても良いが、代わりに次期カルザイ政権で私たちの勢力に4人の大臣ポストを渡し、ハザラ人が多い4つの州の知事職も私の配下の人間が占めるようにしてほしい。カブールからハザラ人地域への新しい道路も作ってほしい」と条件を出した。カリルザドは「道路は問題ないが、人事は要求が多すぎる。大臣ポスト2つと副大臣(次官)ポスト2つ、それから知事職1つが限度だ」という返事だった。(関連記事

 モハキクは側近たちから、その条件で十分だと口々に言われ、いったんはOKした。だが、カリルザドの言うことを聞くはずのカルザイがその条件を飲まず、話は流れてしまったという。カルザイは、それまでの自分の暫定政権で、タジク人、ウズベク人、ハザラ人などの「北部同盟」勢力に、タリバンを駆逐してもらった報酬として、多くの要職を渡さねばならなかった。今回の選挙では、カルザイは北部同盟になるべく要職を渡さず、自らの権力を拡大しようとしていた。

 カリルザドは、すべての有力候補に立候補取り下げを要請しに行った。介入が広範囲なため、対立候補たちは、これはカリルザドの個人的な行動ではなく、ブッシュ大統領が再選するため「アフガン民主化」を政治得点として使いたいホワイトハウスからの命令であろうと考えた。そして選挙前の9月下旬、14人の対立候補が集まって「アメリカは選挙に介入するな」という声明を出した。カリルザドは「介入などしていない」と反論した。(関連記事

 事前の有権者登録の際、2回以上登録した人がかなりいたことも、アフガン選挙の投票で不正が行われた懸念につながっている。有権者登録したアフガン人は1050万人(人口の4割)に達したと発表されているが、欧米系の人権団体ヒューマンライツ・ウォッチによると、複数回登録した人を除いた実数は500万−700万人にすぎないという。カブール大学の教授も投票日の前に「カルザイの得票が増えるように不正が行われる懸念がある」と指摘している。(関連記事その1その2

▼カルザイへの偏向報道

 今回のアフガン大統領選挙は、カルザイの圧倒的有利が事前に予測されていた。現職のカルザイは、国営放送のラジオやテレビでの自らの露出度を高め、アフガン国民の多くはカルザイ以外の候補者の名前すら知らない状況だとされていた。

 貧しい山村が多いアフガニスタンでは、報道といえばテレビや新聞よりもラジオだが、9月の選挙期間中、国営ラジオで選挙のことが報道されるときにカルザイのことが採り上げられる率が85%で、他の候補のことが報じられる率は17人合計でわずか15%だった(国営テレビではカルザイの比率が75%)。対立候補者からの苦情により、アフガニスタンの選挙管理委員会は、マスコミ5社に対して偏向報道をしないよう叱責したが、効果はなかった。

 この件を報じた英BBCによると、報道の中でカルザイが出てくる比率を調べ、その結果をBBCに教えたのはある国際機関なのだが、それがどの機関なのか、機関の担当者は名前を出してほしくないとBBCにお願いしたという。カルザイが自然に圧勝したように見せたいアメリカ(やイギリスなど)は、選挙期間中にカルザイばかりが報じられている現実が世界に知られることを好まず、もしどの国際機関がこのような露出度調査を行ったのか分かると、アメリカなどからこの機関に圧力がかかるから、機関の名前すら「匿名」にされるのだろう。

 アフガニスタンは多民族国家で、人口が最も多いのはパシュトン人(全人口の35%)だが、カルザイはパシュトン人で、パシュトン人のほとんどはカルザイ支持だとも報じられていた。他の候補の多くは、タジク人、ウズベク人、ハザラ人など、各少数派を代表するかたちで別々に立候補しており、カルザイの圧勝はほぼ確定と予測されていた。

 だが、国際的に信頼された「カルザイ圧勝」の予測は「優勢だったカルザイが勝つのは当然だ」という結論が導き出されるように歪曲されたものだった可能性がある。

 カルザイに次いで2番目に有力だった候補は、タジク人のユヌス・カヌニ(前教育大臣)だが、彼はパシュトン人地域でもけっこうな人気を集めていた。アメリカに潰されたタリバンはパシュトン人の組織で、パシュトン人の中には反米感情をもっている人がかなりいる。そうした人々は「パシュトン人だからカルザイ支持」ではなく、アメリカの傀儡色が強いカルザイを嫌ってカヌニを支持していた。

▼ムジャヘディン・ナショナリズムで対抗

 カヌニは、選挙戦で露骨に反米を訴えることを避け、代わりに「ムジャヘディンを重視すべきだ」という主張を展開した。ムジャヘディン(聖戦士)とは、かつて1980年代にソ連がアフガニスタンを占領していた時期、ソ連軍に対してゲリラ戦を展開したアフガンゲリラの総称である。ソ連撤退後のアフガニスタンは、民族ごと、地域ごとに分裂した状態が続き、911まで続いた「タリバン(パシュトン)」対「北部同盟(他民族の連合体)」という対立もその一つである。だが「ムジャヘディン」といった場合は、こうした民族どうしの国内対立を超え、アフガン人が外部勢力の介入・占領に対して結束して抵抗するという概念である。(関連記事

 約10年間続いた対ソ連ゲリラ戦では、アフガン国民が広範囲に参加し、アフガン人なら大体誰でも、親戚の中に1人や2人の「元ムジャヘディン」がいる状態だ。かつて外国勢力の介入に対するゲリラ戦に参加し、英雄視されていたムジャヘディンの名前を選挙戦の旗頭にしたカヌニの戦略は「ムジャヘディン・ナショナリズム」とでも呼ぶべきもので、ある程度の効果があったのではないかと思われる。アメリカの新聞でも、カヌニが意外に優勢だと指摘していた投票日前の記事がいくつかあった。(関連記事

 ムジャヘディンの象徴というと、911直前に暗殺されたタジク人の将軍アーマド・シャー・マスードである。マスードが生きていたら、間違いなく大統領に選出されていただろう。マスードの死は、カルザイのような傀儡を据えることができたアメリカにとって幸いだったという指摘もある。カヌニはマスードの顧問だった人物で、マスードの写真を選挙ポスターとして使っていた。(関連記事

 これに対抗してカルザイは、副大統領候補にマスードの弟を据えて選挙戦にのぞんだが、暗殺される恐れがあるので、カルザイは公衆の面前での選挙演説をほとんど行うことができなかった。これに対し、カヌニは南部のカンダハルや、西部のヘラートなど、タジク人が多い北部以外の諸都市でも集会を開いて演説した。(関連記事

 こうした状況を考えると、どうしてもカルザイを勝たせたいアメリカのカリルザド大使が、カヌニら対立候補に立候補取り下げを要請し続けたのは、選挙対策として必要なことだったと分かる。アフガニスタンの制度では、大統領選挙で50%以上の得票率を得る候補がいなかった場合、トップと2番目の候補で決選投票が行われることになっている。カルザイとカヌニの間で決選投票になったら、もはや対立の図式は「パシュトン対他民族」ではなく「外国の傀儡対ムジャヘディン」といった感じになりかねない。

 アメリカだけでなく、NATO軍を出している独仏など欧州勢にとっても、このような展開は好ましくない。決選投票を実施するまで何カ月も準備が必要で、その間にアフガン国内はさらに不安定化する。「国際社会」にとって、アフガンの大統領選挙が決選投票に持ち込まれるのは避けたいことだった。

▼選挙監視組織は公平だったか

 今回の選挙では、アメリカの専門組織が投票日の出口調査を行い、その結果としてカルザイ圧勝を発表した。だが、出口調査を行った組織(International Republican Institute)は共和党系の団体で、アメリカでブッシュを再選させるためにアフガンでカルザイを当選させる必要があると思われる以上、出口調査の結果に対する信頼性も低いと考えざるを得ない。(関連記事

 欧州の選挙監視組織であるOSCEは、当初予定していた選挙監視を「アフガンでは治安が悪化している」という理由で途中で中止した。ヒューマンライツ・ウォッチはこの中止の背景について「(無視したくても)無視できないような大きな選挙不正が行われ、国際的に問題にしないわけにいかなくなるため」と分析している。アメリカが演出した「カルザイ圧勝」は、EUも了承したことのようである。(関連記事その1その2

 複数回の投票を防止するためのインクに、すぐ落ちてしまう水性インクが使われたのは組織的な不正だった、と対立候補たちが主張したのに対し、国連は国際的な真相究明委員会を作って調べ「インクの件は不正ではなく手違いで、しかも広範囲には起きていない」という結論を出した。

 しかし、3人で構成される究明委員会のメンバーはイギリス人、スウェーデン人、カナダ人という構成で、地元のアフガン人が含まれていなかった。対立候補たちは「国連やEUもグルになった選挙不正に違いない」と非難している。米軍もNATO軍も、これ以上アフガンに治安維持用の軍隊を派遣できない状態で、決選投票や選挙のやり直しによって情勢が不安定になるのはまずい。それを考えると、対立候補たちの非難は当たっているかもしれないと思える。(関連記事

 欧米は今夏、ロシアがチェチェンで不正選挙をやったと騒いだが、自分たちもそれに負けない不正をやっている。アフガンを安定させるためにカルザイを勝たせる必要があるというのなら、チェチェンを安定させるためにアルハノフを勝たせる必要があったとロシアが言うのも許されるべきだろう。(関連記事

▼正当な理由なく潰されたタリバン

 911後の2001年10月にアフガニスタンに侵攻したアメリカの目的は、911の黒幕とされたオサマ・ビンラディンを捕まえるか殺し、ビンラディンの組織アルカイダと、ビンラディンをかくまっていたタリバン政権を崩壊させることだと表明されていた。

 タリバンは「ビンラディンが911の犯人だという証拠を見せてくれたら、ビンラディンを引き渡す」とアメリカに言って交渉しようとしたが、問答無用で潰された。ところが今、それから3年たって分かったことは、実はアメリカはビンラディンやアルカイダが911の犯人だという証拠を示すことができないということである。アルカイダのメンバーで911の計画に参加したとしてアメリカやドイツで逮捕された数人のイスラム教青年たちの裁判では、米当局は彼らを有罪にできる証拠を提出できず、青年たちは無罪になったり裁判を延期されたりしている。(関連記事

 イラクのフセイン政権が大量破壊兵器を持っておらず、そのことをCIAなど米当局はイラク侵攻前から把握していたことが明らかになっている。大量破壊兵器がないことは、結果的に分かったことではなく、事前に分かっていた。(そのことは、私にすら感じられていた。たとえば開戦直前にパウエル国務長官が「開戦事由」として国連で発表したことがウソばかりであることは、当時から分かっており、そのころの記事にもそれを書いている。「大量破壊兵器がなかったのは結果論だ」と主張する人がけっこういるが、大間違いである)

 アメリカは正当な理由なくイラクのフセイン政権を倒したわけだが、アメリカはアフガニスタンのタリバン政権に対しても、同じことをやったことになる。もし、アメリカのアフガン侵攻が「911の犯人はビンラディンである」という証拠を示してから行われるかたちになっていたら、アメリカはいまだにアフガン侵攻を挙行できなかっただろう。

▼テロ戦争永続化のためにアフガンを混乱させておく?

 カルザイはアメリカの傀儡色が濃いものの、その一方でアメリカは、カルザイ政権がアフガニスタンを統一して安定させることを許していない。カルザイ政権によってアフガニスタンを安定化するには、カルザイに軍隊を持たせることがまず必要だ。カルザイは以前から何度も「アフガニスタン国軍」を急いで編成させてほしいとアメリカに要請している。だが編成は遅々として進まず、9万人の兵力を予定しているものの、実際に編成されているのは1万7千人程度である。兵力が小さいので、カルザイ政権はカブール市内しか統治できず、残りの地域は群雄割拠の戦国状態になっている。(関連記事

 その一方で、米軍は「タリバン掃討」の名目で各地の戦国大名たちに武器を与え、彼らが麻薬栽培を拡大することを黙認した。その結果、アフガニスタンでの今年の麻薬(アヘン、ヘロイン)栽培は前年比40%の急増となり、今やアフガン産のヘロインが世界市場の4分の3を占め、アフガニスタン経済の35%が麻薬栽培によるものとなっている。この収入の多くは各地方の戦国大名に入り、群雄割拠の状態が長引く原因を作っている。(関連記事

 これらのことから、アメリカはカルザイ政権がアフガニスタンを統一し安定化させることを望んでいないように感じられる。カルザイではなく、北部同盟の対立候補カヌニが大統領になったら、北部同盟は軍事力を持っているため、カヌニ政権下でアフガニスタンが再統一され、米軍や欧州軍は出て行ってくれ、という話になるかもしれない。アメリカが長くアフガニスタンを占領しようと思ったら、手勢を持たないカルザイが適任なのである。

 アメリカが戦国大名を強化していることは、アメリカのアフガン侵攻の目的が「石油利権」ではないことをうかがわせる。カルザイもカリルザドも、アフガニスタンに石油パイプラインを通そうとしていた米企業「ユノカル」の顧問をしていたことがあり、そのことを理由に「アメリカがアフガン侵攻したのは、ユノカルにパイプラインを作らせ、中央アジアの石油や天然ガスをアメリカの支配下に置くためだ」と考える人もいるが、そうだとしたら、アメリカはもっと早くカルザイにアフガニスタン国軍を作らせるはずで、戦国大名を強化する麻薬栽培も許さないはずだ。(関連記事

 しかし、ビンラディンを捕まえるためでも、民主化のためでも、石油利権を確保するためでもないとしたら、アメリカがアフガン侵攻した真の理由は何なのか。私なりの仮説は「アメリカはテロ戦争を永続化するため、テロリストが隠れられる地域、米軍がテロリストを間接的に支援しても世界にばれない地域として、アフガニスタンやイラクに、米軍とテロリスト以外は誰も部外者が入れない場所を確保しておきたいのではないか」ということである。

 アフガンには、テロ資金に使える麻薬栽培の収入がたっぷりある。アフガンから西欧への麻薬密売ルートを通じて、西欧のテロ組織にも資金を流せる。そして、テロ戦争を永続化することでホワイトハウスを牛耳り続けられる米国防総省の傘下には、何をしているかほとんど知られていない特殊部隊や下請け傭兵会社がいくつも存在している。

 とはいえすでに世界では、アメリカの「テロ戦争」にいかがわしさを感じている人が増えている。すでに裏の仕掛けが暴露され始めているため、アメリカは今後テロ戦争を永続化させる戦略を止めるかもしれない。その場合、カルザイはアメリカの後ろ盾を失って失脚するだろうが、その後のアフガニスタンは国際的に放置され、ソ連撤退と冷戦が終わった後に放置された1990年代前半と同様、戦国大名どうしの内戦に再び陥る懸念が大きい。



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