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カナダもアメリカ離れ

2005年3月17日   田中 宇

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 先週の記事で、南米諸国がアメリカと疎遠になっている話を書いたが、西半球(南北アメリカ大陸)でアメリカを敬遠するようになっているのは、南の諸国だけではない。アメリカの北隣にあるカナダも同様の動きをしている。

 カナダのポール・マーチン首相は2月24日、アメリカが進めている「ミサイル防衛システム」に参画しないと発表した。(関連記事

 ミサイル防衛は、敵国からアメリカに向けて発射されたミサイルを飛行中に迎撃するもので、敵国の位置によってはカナダから迎撃ミサイルを発射した方が良いため、アメリカは冷戦時代から一体の防衛体制を採ってきたカナダとの共同事業にすることを模索していた。

 カナダでは前任のクレティエン政権がアメリカのイラク侵攻に協力せず、対米関係が悪化した。このため2003年12月に政権をとった現在のマーチン政権は、対米関係を好転させようと、当初はミサイル防衛に参加する姿勢を示していた。

 しかしイラク侵攻後、カナダでもブッシュ政権に対する反感が増し、アメリカのミサイル防衛に協力することにも「宇宙の軍事化につながる」などとして反対が増えた。マーチン首相は対米関係と国内世論の板挟みとなり、態度を保留する傾向を強めた。(関連記事

 ブッシュ政権は、大量破壊兵器のウソをついてイラクに侵攻したことが明らかになり、イラクの次はイランやシリアを攻撃する態度をとっているため、カナダではブッシュ政権に対する嫌悪感が強まっている。マーチン政権の自由党は議会で過半数を割っており、世論に逆らう政策を続けるのは政治的に危険だった。(関連記事

▼効果が怪しいのに配備されたミサイル防衛システム

 ここしばらく対米関係と国内世論の間で揺れていたカナダ政府が、最終的にミサイル防衛計画からの離脱を決めた要因の一つは、ミサイル防衛システムが使いものにならないことが分かってきたことだろう。

 米軍は昨年10月と12月、アラスカから太平洋に向かってミサイルを飛ばし、それを南太平洋のマーシャル諸島から迎撃ミサイルを発射して撃ち落とす実験を行ったが、2回とも迎撃ミサイルが発射せず、失敗してしまった。米軍当局は、失敗は些細な不具合から起きたものだと発表したが、実はもっと深刻だった可能性もある。ミサイル防衛システムの考え方そのものに重大な欠陥があるとの指摘が出ているからだ。

 最近の弾道ミサイルの多くは、成層圏に達すると、迎撃ミサイルの目をくらますため、弾頭のついていない「おとり」のミサイルをいくつも分離させる。そのため有効なミサイル防衛システムを作るには、おとりと本物を識別し、迎撃ミサイルが本物に当たるようにする必要がある。

 だが、米マサチューセッツ工科大学(MIT)のテッド・ポストル教授が調べたところでは、迎撃ミサイルが弾道ミサイルを撃墜する成層圏は、真空状態に近く空気抵抗が少ないため、おとりのミサイルと本物のミサイルは重さが違ってもほとんど同じ飛び方をする。このため、おとりと本物を遠くから見分けられる確率は10%程度しかないことが分かった。

 ポストル教授は2000年に、国防総省からおとりの識別システムを下請けした軍事産業TRW社が、本当は識別がほとんど不可能なのにもかかわらず「99・9%識別できる」とするウソの報告書を発表していたことを突き止め、ホワイトハウス(当時はクリントン政権)に書簡を送ったが無視された。(関連記事

 しかもポストル教授が出した手紙は、秘密の情報を何も含んでいなかったにもかかわらず機密文書に指定されてしまい、教授がこの件を広く発表することを阻止する行為に出た。(機密指定されたポストル教授の手紙は、ネット上で多くのサイトに貼りつけられている)(関連記事

 アメリカ政府は、根本的な欠陥があることを知りながらミサイル防衛システムの予算を計上し、計画を進めている可能性が大きい。ミサイル防衛計画は、大統領がクリントンからブッシュに代わっていっそう積極的に推進されるようになった。

 米政府は昨年10月に本格実験を開始する前に、ミサイル防衛システムの実戦配備を開始してしまい、すでに8基の迎撃ミサイルがアラスカやカリフォルニアなどに配備され、今年中にあと10基配備される予定になっている。この計画は、2回の実験失敗にもかかわらず、配備計画は変更されていない。(関連記事

▼ロシアはすでに米ミサイル防衛を無効にするミサイルを開発

 米議会でも、ミサイル防衛の怪しさを指摘する声が増えているが、実はMITのポストル教授が指摘した成層圏でのおとりの識別問題については、まだ実験も行われていない。これまでに行われた実験は初期段階にとどまっており、弾道ミサイルが飛行中におとりを発射することを考慮する段階にまで至っていない。おとりの処理については、今後の第2段階以降の実験で検証することになっている。

 しかも、そうこうするうちにロシアは昨年末、ミサイル防衛システムに撃破されない新型の弾道ミサイル(SS27トポルM型)を開発してしまった。

 ミサイル防衛システムにはいくつかの種類がある。(1)弾道ミサイルが成層圏に達する前の上昇段階で撃ち落とす(2)成層圏で撃ち落とす(3)レーザー光線で撃ち落とす方法などである。ロシアの新型ミサイルは、上昇速度を従来のミサイルより速めて(1)に対処し、おとりの数を増やして(2)に対処し、胴体を強化して(3)に対処した、と発表されている。(関連記事

 ロシアが開発したミサイルは画期的なものではなく、冷戦中に開発したミサイルに改良を加えただけだ。ミサイルを強化することは、迎撃技術を強化するよりずっと簡単なので、アメリカはどんなに金をつぎ込んでも実戦に耐える防衛システムを作ることは事実上無理である。

 こうした状況がようやく認識されたのか、これまでミサイル防衛に対するブッシュの積極策を支持してきた米議会も態度を変え、来年度の予算編成では、ミサイル防衛の費用が削られることになった。(関連記事

▼湾岸戦争で当たっていなかったパトリオット

 飛んでくるミサイルを撃ち落とす技術が怪しげなのは、弾道ミサイルだけに対するものだけではない。もっと小型のミサイルを撃ち落とす地対空ミサイル「パトリオット」も、実はほとんど使いものにならない。

 もともとMITのポストル教授が国防総省に嫌われるようになったのは、湾岸戦争で、イラクのスカッドミサイルを撃ち落とすために発射されたパトリオットミサイルが全く当たっていないことを暴露した時だった。

 湾岸戦争当時、アメリカのテレビは毎日パトリオットの発射風景を放映したが、ポストル教授はこれを録画して検証し、テレビに映った40発のパトリオットは1発もスカッドを撃ち落としていないと主張した。(湾岸戦争では80発のパトリオットが使われた)(関連記事

「パトリオットの命中率は90%以上」と豪語していた国防総省は当初「テレビの映像では、そんなことは検証できない」と主張していたが、その後米議会の捜査部門であるGAOがこの件で動き出すと、命中率を60%に訂正し、しかも国防総省の関係者は私的なオフレコ会話では、実はパトリオットがほとんど当たっていないことを認めるようになった。

 2003年のイラク侵攻時には、パトリオットミサイルが、味方の爆撃機を敵のミサイルと間違えて追尾して当たってしまい、死者を出す事態も起きている。(関連記事

 ミサイル防衛システムは、日本もアメリカとの共同開発に参加しているが、これも根本的なところで効果がなく、インチキな話であろう。私は先日、とある討論会に出席したとき、日本の著名な軍事専門家が「ミサイル防衛が当たるかどうかは分からない」という趣旨の話をちらりとしていたのを聞いたが、日本にも、アメリカのミサイル防衛計画のいかがわしさを知りながら、インサイダーであるために明言できない専門家がいるのだと思われる。

▼アメリカから離れて独自の軍備増強

 日本ばかりでなく、カナダ政府も、ミサイル防衛計画が怪しいものだということは、以前から知っていた可能性がある。

 アメリカ政府の中には冷戦時代から、軍事産業を儲けさせるために軍事技術や戦略、諜報分析などの面でインチキなことをやる勢力がおり、1970年代にはアメリカの軍事予算を拡大させるため、ソ連の脅威を実際より大きく見せるための歪曲策(Bチーム作戦)が行われていたことは、関係者の間ではよく知られた事実である。当時、歪曲策をやっていたラムズフェルドやネオコンの面々は、今また政権中枢に陣取っている。(関連記事

 このように、従来からアメリカはときどきインチキをやる国だったが、それでも日本やカナダがアメリカとの共同開発に賛成してきたのは、アメリカの軍事的、経済的な力が巨大で、少々の問題は見ないふりをして、親米を貫いた方が国益になると考えられてきたからだろう。

 カナダは輸出の85%がアメリカ向けで、GDPの4割が対米貿易で成り立っている。カナダ経済は、アメリカとの関係を抜きにして考えることはできない。1994年にNAFTAの自由貿易圏が始まってから、アメリカとカナダの経済は統合が進み、カナダは経済的にも軍事的にもアメリカとの一体化を強めた。カナダの財界は昨年秋、マーチン政権が早くミサイル防衛に協力し、軍事的にも経済的にもアメリカと一心同体の特別な関係になることが、カナダの国益にとって最良だと主張していた。(関連記事

 だが、ここにきてカナダは、アメリカとの関係を弱める方向に動き始めている。ミサイル防衛計画からの離脱を表明するのと同時期に、カナダ政府は空前の軍事費増加を議会に提案した。ミサイル防衛から離脱する代わりに、自前の防衛力を強化することにして、カナダ軍の装備や技術を増強するための予算である。(関連記事

 この軍事費増に対しては「カナダの支配層は、アメリカにミサイル防衛で貢献するのをやめる代わりに、アメリカの軍事産業から大量の武器を買ってやることにしただけで、カナダがアメリカに従属している状況は変わりない」といった左派による分析が存在するが、私にはそうは見えない。(カナダはもともと、アメリカのミサイル防衛計画には金銭的な協力をしておらず、政治的な賛同や軍事情報の提供をしていただけだった)(関連記事

 むしろカナダは、フランスやドイツ、南米諸国などと同様、ブッシュ政権の「単独覇権主義」がアメリカとその従属国を自滅させかねない危険性をはらんでいることを見て取り、アメリカに頼らない国家戦略を模索し始めた可能性の方が大きい。カナダは対米従属を捨てて「非米同盟」に参加する方向を模索し始めたように見える。

▼言いがかり的な貿易摩擦

 アメリカとカナダは、経済面でも摩擦が増している。昨年、カナダがアメリカに輸出する木材に対してアメリカがダンピング(不当な安売り)の疑いをかけ、対抗策として20%前後の輸入関税をかけるようになった。カナダはこれを言いがかりだとしてWTOに提訴し、カナダの言い分が認められ、アメリカに不利な裁定が下されている。(関連記事

 カナダとアメリカの間では、狂牛病をめぐる貿易紛争もある。2003年に米国内で発見された狂牛病の牛がカナダで飼育されていたという米当局の主張に基づき、アメリカはカナダからの牛肉と牛の輸入を禁じている。これらの紛争をめぐり、ブッシュ大統領のホワイトハウス(行政府)は、カナダに対して譲歩しても良いと考えているが、議会は強硬で、問題は解決しそうもない。(関連記事

 カナダとアメリカの間には、小麦の補助金をめぐる貿易紛争も起きており、このままだと、NAFTAの自由貿易体制そのものが無意味なものになりかねない。(関連記事

 米議会は最近、ホワイトハウス以上にタカ派的な態度をとっており、狂牛病問題で日本や韓国がアメリカ産の牛肉を輸入禁止にしていることに報復措置を採ると脅したり、中国がアメリカに輸出している繊維製品や海老などの商品にダンピング容疑をかけて対抗関税をかける方針を打ち出したり、EUから中国への武器輸出再開に対して対抗策を採ろうとしたりしている。(関連記事

 アメリカ側はいずれの場合でも、言いがかりをつけて敵対姿勢をとり、世界のあらゆる国との関係が悪化してもかまわないという態度を貫いている。アメリカが非常に強かった以前ならまだしも、イラクとドルという「双子の自滅」の悪影響が大きくなるばかりの最近では、アメリカのタカ派姿勢は「張り子のトラ」であると感じられ、タカ派のポーズを取った孤立主義のようにも見える。こうした状況の中、カナダがアメリカとの関係を見直さざるを得なくなったのは当然といえる。

▼時間がかかる方向転換

 カナダは英連邦の一員なので、アメリカとの付き合いを疎遠にするなら、その分EUとの関係を緊密にするという選択肢が考えられる。だが、カナダのEUとの貿易額は、対米貿易の10分の1以下で、アメリカとの関係を切ってEUとつき合うという展開は不可能である。(関連記事

 カナダは太平洋にも面しているので、アジアとの関係強化という可能性もあるが、アジアとは太平洋をはさんでかなりの距離がある上、日本などアジア自身がアメリカとの関係をどうするか模索中であり、まだ時間がかかる。

 対米従属をやめて非米同盟に入る方向性を模索しているのは、カナダや中南米諸国だけではない。イラク侵攻に協力して派兵しているイギリスやオーストラリアも、アメリカよりEUと仲良くする傾向を強めている。イギリスは、イランの核問題などをめぐってEUと協調し、アメリカと距離を置き始めた。オーストラリアは、EUが中国に武器輸出を再開する件でアメリカとEUが対立する中で、EUの肩を持ち、アメリカよりもEU・中国連合を重視する姿勢を強めている。



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