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プーチンの逆襲

2006年1月12日  田中 宇

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 2006年の元日のモスクワ時間の朝10時、ロシアの国営テレビは、通常の放送を突然に中止し、臨時ニュースを流し始めた。テレビは、ロシアのウクライナ国境近くにある、天然ガスパイプライン上のガス圧縮所を映し出した。そこでは、ロシアの国有ガス会社「ガスプロム」の係員が、ロシアからウクライナに通じるパイプラインのガス圧を低下させ、ガスの流量を減らす作業を行っていた。(関連記事

 ガスの流量を減らしたのは、ロシアがウクライナに求めていたガス代の値上げが受け入れられなかったからだ。ロシア側(ガスプロム)によると、天然ガスの国際市場価格は1000立方メートルあたり230ドル前後だが、ロシアは周辺の旧ソ連諸国に対し、ソ連崩壊前に安い価格でガスを提供していた伝統を受け継ぎ、今でも旧ソ連諸国には50−120ドル程度の安値でガスを送っている。(関連記事

 ロシアは、ウクライナには1000立方メートルあたり50ドルでガス供給してきたが、一昨年にウクライナで「オレンジ革命」が起きて西欧寄りの政権になり、大胆な市場経済化政策が実施された結果、EUは昨年12月、ウクライナに対して「市場経済に転換した」というお墨付きを与えた。(関連記事

 これを聞いたロシア側は「それならウクライナには、ガスを国際市場価格で買ってもらいましょう」と言い出し、元旦から230ドルに値上げすると宣言した。これに対してウクライナ側が「急な値上げには応じられない」と拒否したため、元旦の朝からガスが止められることになった。(関連記事

 ロシアは、世界の天然ガスの埋蔵量の27%を保有する、世界最大の天然ガス産出国である。ロシアからのガスパイプラインは、ウクライナを通って欧州につながり、欧州諸国にガスを供給している。西欧諸国は、消費する天然ガスの4分の1をロシア産に頼っており、ロシアから西欧に輸出されるガスの8割は、ウクライナを通過するパイプラインを使って送られている。(関連記事

 ロシア側は元日の朝、ウクライナに送るガスの圧力を2割下げた。これは、ロシアからウクライナに送られるガスのうち2割がウクライナ国内での消費分で、残りはウクライナを経由して欧州に送られるガスだったからである。

 ガスの値上げを認めないウクライナ側は元日以後も、前日までと同様に、ロシアから送られてくるガスの一部を消費した。その結果、ウクライナから欧州に送られるガスの量が減り、ドイツ、フランス、オーストリア、イタリアなど西欧や東欧の各地で、ガス圧が2−4割下がる事態が起きた。EUは緊急会議を開き、ロシアとウクライナに対し、紛争の即時解決を求めた。(関連記事

 EUからの圧力を受け、ロシア(ガスプロム)とウクライナ(国有ガス会社ナフトガス)は再交渉に入り、ガスプロムは、元日の朝から減らしたガスの流量を、翌2日の午後に元に戻した。翌日に決定された和解案では、ロシアはウクライナに1000立方メートルあたり95ドルでガスを売ることになった。ガス騒動は、従来価格の50ドルと、ロシアが求めた230ドルの中間の価格に落ち着いた。

▼エネルギーのロシア離れができない欧州

 新年早々、欧州を揺るがしたロシアのガス送付削減の騒動について、欧米のマスコミや評論家の間では「ロシアは、西欧と対立していたソ連時代から、ガスをきちんと欧州に送り続けることでは評定があった。その信頼を、プーチン大統領は破壊してしまった」「プーチンは、ガスを止めてウクライナに圧力をかけるつもりだったのだろうが、その結果は、欧米に不信感を抱かせることになった。西欧諸国は今後、なるべくロシアに頼らないエネルギー政策を展開するだろう。プーチンは、ガスを政治的に使ったことで、大事な顧客を失った」といった批判が大勢を占めた。(関連記事その1その2その3

 たしかにプーチンは、ガスを政治的に使ったと考えられる。ガスプロムはロシア政府の国有企業で、経営トップにはプーチン大統領の側近が就任している。ウクライナへのガスを止める決断は、プーチン自身の決断に基づくものだろう。そして、ガス料金の急な値上げは、欧米がテコ入れして起きた2004年末の「オレンジ革命」によって、ウクライナで親ロシア政権(クチマ政権)が終わり、欧米寄りのユーシェンコ政権になったことに対する「反撃」「制裁」の意味が込められていると考えるのが自然だ。その点では、欧米新聞の見方は正しい。

 しかし、欧米新聞の主張どおり、欧州がロシアからエネルギーを買わないようにできるかといえば、それは難しい。

 石油、天然ガス、原子力といった主要なエネルギー源のうち、最近最も重宝されているのが天然ガスである。天然ガスは石油に比べて二酸化炭素の排出を制限できるので、地球温暖化防止策に協力している西欧諸国は、発電所などで使うエネルギー源を、石油から天然ガスに切り替える傾向を強めている。

 天然ガスの最大埋蔵量を持つ国はロシアで、2番目はイランであるが、イランは「核開発疑惑」で欧米と対立を強めており、ロシアから買わずにイランから買うという転換は、今の欧州には許されていない。

 すでに天然ガスは世界中で奪い合いに近い状態になっている。たとえば、アメリカから近いカリブ海の天然ガス産出国としてトリニダード・ドバコがあるが、これまでアメリカに向けてタンカーで液化天然ガスを輸出していた同国は、昨年末から、輸出先の一部をイギリスに転換し始めた。イギリス勢は、アメリカよりも高い値段でガスを買うと持ちかけ、アメリカの買い付け先を奪い始めたのである。(関連記事

▼石油高騰は終わらない

 石油についても、最大の産出地域である中東が、ブッシュのイラク戦争と中東民主化戦略によって不安定になり、今後はイスラム原理主義勢力が中東各国で台頭することが予想され、石油の安定的な供給先としての信頼性が低下している。イラクの石油生産は、今後も当分は低水準にとどまると米政府自身が予測している。反米のイランは、欧米に石油を売らず、代わりにインドや中国に売る傾向を強めている。(関連記事

 サウジアラビアやクウェートなど、他のペルシャ湾岸諸国は、今のところ政局が安定している。だが、今年から来年にかけて米軍のイラク撤退が開始された後は、中東全域で反米イスラム主義勢力がさらに強まると予測され、これらの諸国もどうなるか分からない。

 しかも、中国やインドといった大国が高度経済成長を始めた結果、世界的に石油の需要が増え、需給がかなり逼迫している。世界の石油生産は、2002年には、日産600万バレル分の生産余力があったが、需要が増えた結果、03年には、生産余力は200万バレルに減り、今では100万バレルを切るまでになっている。(関連記事

 世界の石油生産の総量は1日8000万バレルだから、余力が100万バレルを切る水準というのは、ほとんど生産余力がない状態である。需給の逼迫は今後も続きそうなので、石油価格は今の1バレル60ドル前後の水準が続くか、下手をするともっと高騰すると予想される。(ただし、アメリカなど世界経済が不況に陥ったら、石油の需要が減って価格は下がる)

 ロシアは、世界最大の天然ガス産出国、世界第2位の石油産出国である。地理的にもロシアに近い西欧諸国が、ロシアのエネルギーに頼らない方向に動くことは難しい。イギリスでは「ロシアに頼らず、原子力発電をもう一度奨励すべきだ」という意見も出ているが、イギリスやドイツなどの人々の原発に対する従来の拒否反応を考えると、原子力の大々的な復活は多分無理である。(関連記事

▼親ロシアを維持するドイツ

 ドイツではむしろ、ロシアからエネルギーを供給してもらう関係を強化する方向に動いている。ロシアとドイツの間には、ポーランドやバルト三国といった、ロシアの台頭を嫌う傾向の強い国々が並んでいる。ロシアからドイツに、パイプラインで天然ガスや石油を運ぶ場合、これらの反ロシア的な国々を通過しなければならないのが、ロシアにとって厄介な問題だった。

 ところが2003年のイラク戦争を機に、ドイツのシュレーダー政権がブッシュのアメリカから距離を置き、プーチンのロシアとの連携を強める方向に動き出した。この流れの中で、ドイツとロシアが合弁してバルト海の海底にパイプラインを通し、ポーランドやバルト三国を迂回してロシアの天然ガスをドイツに運ぶプロジェクトが開始された。このパイプラインは、2010年から稼働することになっている。

 昨年、ドイツの首相がシュレーダーからメルケルに代わり、独露間の蜜月は終わるのではないかと思われていた。メルケルは「悪化したアメリカとの関係を修復する」「ロシアと親しくしすぎない」といった方針を掲げ、選挙に臨んだからである。ところが実際に首相になってみると、メルケルはシュレーダーと大して違わない政策を行っている。彼女は、ドイツ・ロシア間の海底パイプライン構想について、事業を続行することを表明している。(関連記事

 EUの中では、アメリカと独仏の関係を、イラク戦争前のように親密な状態に戻したいと考えるイギリスのブレア首相が、昨年後半の半年をかけて、EUの全体予算を英米的な「自由市場主義」の考え方に基づくものに変質させようと努力していた。

 昨年10月からこのEU予算の議論に加わったメルケルは、ブレアの肩を持たず、フランスのシラク政権と結束して、欧州大陸的な「福祉重視」の考え方に基づくEU予算を貫こうとする態度をとった。メルケルは、EUを米英に近づけることに加担しなかったわけで、結局、EUは欧米型への経済体制に転換することを拒否し、ブレアは孤立して終わった。(関連記事

 ロシアからドイツに直結する海底パイプラインは、そのまま全欧に張り巡らされたガスパイプライン網につながるので、ドイツだけでなく欧州全体の天然ガス市場に、より多くのロシア産ガスが提供されるようになる。今後は、欧州全体が、より強くロシアのエネルギーに依存するようになる。(関連記事

▼「民主化」の名を借りた覇権拡大

 ロシアと欧米の関係を歴史的に見ると、地政学的な「陣取り合戦」の様相を呈していることが分かる。ソ連崩壊から最近まで、ロシアは弱い状態が続いていた。ロシアの影響下にあった東欧諸国やバルト三国は「市場経済化」してロシアの影響圏を離脱し、順番にEUに加盟し始めた。2003年にはグルジアで、04年にはウクライナで「民主化革命」が起こり、ロシア寄りの政権が転覆されて欧米寄りの政権ができた。ロシアと西欧の間に存在する東欧・旧ソ連諸国は、次々と欧米側の陣営に取り込まれた。

 2004年には、ベラルーシや中央アジア諸国といった、残っているロシア寄りの国々も「民主革命」による政権転覆が時間の問題だろうと思われた。ロシア国内でも、米英政府がテコ入れする「人権組織」「民主化NGO」の活動が活発になり、04年後半には、プーチン政権も倒されるかもしれないとまで言われた。軍事的にも、02年のアフガン戦争を機に、ウズベキスタンなどの中央アジア諸国に米軍基地が作られ、ロシアの影響力を浸食した。

 だが、こうした傾向は05年に入って逆流し始めた。ロシアではプーチン政権が政敵のオリガルヒ(欧米寄りの新興財閥)たちに「脱税」などを容疑をかけて次々と倒し、オルガルヒが所有していた石油や天然ガスの会社を没収し、再国有化し、ガスプロムなど数社に統合した。(関連記事

 折からの世界的な石油価格の高騰を受け、それまで赤字で欧米からの借金が重荷だったロシアの政府財政は一気に黒字化し、プーチンは欧米から借りていた金を前倒しして返し、借金を理由に欧米から内政干渉されることを防げるようになった。(関連記事

 欧米寄りになったはずのグルジアやウクライナでは、経済が思ったように良くならず、特にウクライナでは政権中枢の仲間割れによって政局が混乱した。グルジアでは、政権をとったサーカシビリ大統領の独裁的なやり方が批判されるようになった。

 もともとグルジアやウクライナの「民主革命」は、アメリカの国務省やCIAが「民主化運動」を育成して政権を転覆させるという方法で実現されている。実際「民主化指導者」の中には「CIAのエージェント」と呼んだ方がふさわさいような人々が目立つ。たとえば、ウクライナ大統領になったユーシェンコの妻カテリーナは、アメリカ国務省に勤めた経歴を持っている。(関連記事

 欧米や日本の人々の多くは「グルジアやウクライナでは市民が立ち上がり、ロシアの傀儡独裁者による圧政を打ち破った」という見方が強いが、こうしたイメージは、イラクに対する「強制民主化」と同様、アメリカの政府とマスコミが作り上げた幻影である。その本質は「民主化」や「人権」とは反対の、米英が西欧を巻き込んでロシアの影響圏を一つずつ崩していくという、覇権拡張の陣取り合戦である。(関連記事

▼欧米協調体制の崩壊とともにプーチンが台頭

「革命」後の政権運営の失敗によって、グルジアやウクライナでは「民主化」への熱気が冷め、他の中央アジア諸国でも「民主革命」は起きにくくなった。ウズベキスタンでは、昨年5月に地方都市で起きた地方権力者による中央政府に対する反抗を、アメリカが「民主化運動」と呼び、これを弾圧したカリモフ政権を非難したため、カリモフ大統領は怒って自国にある米軍基地を撤退させ、ロシア寄りの外交姿勢に転換してしまった。(関連記事

 ロシアでは昨年末、プーチン政権が、外国から資金供給を受けている人権団体や民主化団体の活動を禁止する法律を策定した。これは、欧米側から「民主化や人権に対する弾圧である」と非難されているが、この問題で欧米が「善」でプーチンが「悪」だと見るのは間違いである。(関連記事

 実際のところは、米英が「民主化」や「人権」の問題を誇張して非難し、それを口実に、ロシア周辺の国々を政権転覆しようとする欧米(米英)側と、それを防ごうとするプーチンのロシアとの「陣取り合戦」の中で、ロシアが強くなり、欧米側が不利になっていることを示しているにすぎない。欧米や日本の人々に「プーチンは悪だ」と思わせること自体が、かつて「サダム・フセインは悪だ」と思わせたのと同様、米英による「戦争」の一部となっている。

 欧米側を見ると、イラク戦争を機に、アメリカと独仏を中心とした西欧の大陸諸国との間には亀裂が入り、ドイツの首相がシュレーダーからメルケルに交代しても、独仏とアメリカの関係は、あまり改善されていない。メルケルは訪米を控えた先日、米軍が数百人のテロ組織関係の容疑者を裁判もせずに何年も勾留し続けているグアンタナモ基地の監獄について「閉鎖すべきだ」と表明し、ブッシュの政策に楯突く姿勢を見せた。ドイツがアメリカにすり寄って米独関係が改善される見通しは低下している。そしてこれとは別に、独仏とアメリカを再結合させようとするイギリスのブレアの試みも、すでに失敗している。(関連記事

 冷戦終結からイラク戦争まで、アメリカ(米英)の戦略は「欧州を親米にしておき、欧米協調でロシアに圧力をかけ、東欧や中央アジアをロシアからもぎ取って欧州側にくっつける」というものだったが、今やこの戦略の基盤となっている欧米協調体制は、過去のものとなりつつある。その分、プーチンが独裁を敷いているロシアが力を復活し、旧ソ連諸国をロシアの側に取り戻そうとする動きを強めている。

▼旧ソ連・東欧諸国への警告としての値上げ劇

 こうした流れの中で読み解くと、元日にロシア側(ガスプロム)がウクライナへのガス送付を減らしたのは、ウクライナに対して「ロシアの影響圏からの離脱は許さない」というシグナルを送るだけでなく、欧米諸国に対して「ロシアの影響圏である旧ソ連諸国で、政権転覆や内政干渉を行うことは許さない」というプーチンからの警告だったと考えることができる。そして欧米の側は、この警告に逆らうのが難しくなっている。(関連記事

 ガスプロムは、ウクライナへのガスを値上げしたのと前後して、モルドバ(ウクライナの南隣にある小国)、ブルガリアに送っているガスについても、値上げすると宣言した。ウクライナと同様、モルドバも、ロシアの影響圏を離れて西欧との関係を強化しようとしてきたが、ロシア側はモルドバに対しても、元日から2日間、ガスの供給を止めた。(関連記事

 半面、ロシアは、旧ソ連域内で最も親ロシアの姿勢が強いベラルーシに送るガスについては、1000立法メートルあたり46ドルという最低水準に据え置いている。つまりプーチンは、旧ソ連東欧地域において、忠実な国には安くガスを売り、敵に回ろうとする国には「市場価格」まで値上げする「制裁」を行う、という新方針を明確にしたことになる。

 こうした方針は、以前から隠然と存在していた。たとえば2003年に親欧米の側に転向したグルジアでは、新大統領となったサーカシビリが、「親欧米」になりつつもなるべく「反ロシア」にならないように気を配ってきた。グルジアは、自国内のガスパイプラインの管理をロシア側と共同体制にすることで、ロシアがガスをグルジアの向こう側のアルメニアやトルコに送れるよう配慮している。このサービスの見返りとして、グルジアはロシアから、1000立法メートルあたり110ドルという以前からのガスの価格を維持してもらっている。(関連記事

▼「ユーラシア主義」を目指すプーチン

 ロシアは、今年の元日から「G8」の輪番制の議長国になった。G8では、今年の大きなテーマの一つに「エネルギーの安定供給」を掲げている。石油価格が高騰し、中東が不安定化し、地球温暖化も問題になる中で、世界のエネルギー政策をどう切り盛りしていくか「先進国クラブ(欧米クラブ)」であるG8が決めていこうという方針なのだが、議長国になったロシアが、その初日に欧州へのガス供給を減らしたことは、欧米から「ロシアはエネルギーの安定供給を率先して行うべきG8議長国なのに、初日から正反対のことをやった」と非難された。(関連記事

 しかしこの問題も、もともとG8がロシアを加盟させることにした動機が「ロシアの欧州化」だったことに気づけば、見え方が違ってくる。冷戦後の米英の対ロシア政策は、東欧や旧ソ連諸国を欧米側につけてEUの一部にした後、ロシア本体も「欧州の辺境」にして、少しずつEUと経済的に合体させていくというもので、その戦略の一環として、米英はロシアをG8に加盟させた。G8におけるロシアの位置づけはエネルギー供給者で、その前提として、ロシアのエネルギー産業を欧米の資本が掌握する必要があった。

 1998年に東南アジアに始まった金融危機がロシアに波及し、ロシア経済が崩壊した後、それまでロシアのエネルギー産業を所有していたオリガルヒたちは、自分たちの会社を欧米の石油会社などに売却する傾向を取り始めた。これに対して「待った」をかけたのが、2000年に大統領になったプーチンで、彼はオリガルヒを逮捕追放し、ロシアのエネルギー産業を国有化した。(関連記事

 大半がプーチンの支持者で構成されるロシア議会では昨年末、エネルギー産業を外国人に売却することを禁止する法律が成立し、欧米がロシアのエネルギー産業を牛耳る道は閉ざされた。これによって欧米が描いていた「ロシアの欧州化」の構想も頓挫した。プーチンはロシアのアイデンティティに関して「欧州の一部である」という「欧州化」の概念に対抗すべく「ロシアは欧州とは別の、ユーラシアの国である」という「ユーラシア主義」を掲げている(1920年代に生まれたユーラシア主義の概念を復活させた)。(関連記事

 米英による「ロシアの欧州化」の構想が頓挫したことで、米英がG8にロシアを加盟させたことの意味も失われた。さらに言うなら、ブッシュの頑固な「世界民主化」戦略のために、独仏とイギリス、アメリカの3者間の亀裂が埋まらないため、G8が存在する意義そのものが、昨年のスコットランドでのG8サミット以来、宙に浮いている感がある。(ブッシュはブレアの忠告を聞かず、米英関係も潜在的に破綻している)(関連記事

 そんな中で「ユーラシア主義(非欧州化)」の方向を目指すプーチンのロシアがG8の議長になることは、G8の方向性が散漫になる、もしくはG8が米英中心の「欧米協調主義」の方向から逸脱していくことにつながりそうだ。

 昨年のG8には、中国やインドの首脳も呼ばれており、彼らはロシアで開かれる今年のG8にも呼ばれそうだが、ひょっとすると、ロシア、独仏、中国、インドといった「非米」的な諸国が組んで、従来の米英中心の世界体制を変えていこうとする傾向が強まるかもしれない。すでにロシアは、中国やインドとの戦略的関係を強め、露中印3大国によるユーラシア大陸全体の広域安全保障体制が組まれつつある。(関連記事

 非米的な価値観のもとでは、米英が先導してきた「民主化」や「人権」に対する誇張された重要視がなくなり、安定を重視する現実的な対策が採られる傾向がある。イラクやパレスチナ、イラン、北朝鮮などの問題に対し、従来とは異なる解決策が模索されていく可能性がある。

 プーチンが、この時期にガスの値上げを試みた背景には、ほかの理由もある。ロシア最大のガス会社ガスプロムが今年、株式を上場する予定だということである。このあたりの話は、改めて書くことにする。(関連記事

「プーチンの光と影」に続く】



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