イランとアメリカのハルマゲドン

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イランとアメリカのハルマゲドン

2006年2月21日   田中 宇

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この記事は「イランとアメリカの危険な関係」の続きです。

 1年半ほど前に「キリストの再臨とアメリカの政治」という記事を書いた。「聖書には、イスラエルと反キリスト勢力との最終戦争(ハルマゲドン)が起きるとき、ローマ時代に昇天したキリストが再び地上に降臨し、至福の時代をもたらしてくれるという預言が書かれているが、この預言を早く実現するため、イスラエルの拡大や、中東での最終戦争を誘発しているキリスト教原理主義の勢力が、アメリカ政界で強い力を持ち、ブッシュ政権を動かしている」という主旨の分析だった。

 その後、イラクの泥沼化によって中東全域で反米感情が高まり、中東各地で欧米(キリスト教世界)への敵意を持つイスラム原理主義勢力が勃興し「イスラエルを潰せ」という呼びかけが強まり、ブッシュ政権はイラクに次いでイランにも戦争を仕掛けようとしている。中東はまさにハルマゲドンに近づいている観がある。

 そんな中で最近、さらに興味深い構図があることが分かってきた。それは「最終戦争」の構図の中でアメリカの敵となっているイランにも、アメリカとそっくりな、鏡に映したような「この世の終わりに、大混乱の中で救世主が再臨する」「再臨を早めるため、世の中の混乱をむしろ誘発した方が良い」と考えるイスラム教の勢力があることである。しかもイスラム教では、「マフディ」(Mahdi)と呼ばれるこの救世主の再臨は、イエス・キリストの再臨の前に起きることになっている。

 昨夏からイランの大統領をしているマフムード・アハマディネジャドは、マフディの出現を誘発すべきだと考える一派の人間だという指摘がある。アメリカとイランは、両方で救世主の出現を早めようと相互に好戦的なことを言い合う構図になっている。

▼再来するキリストとマフディ

 イスラム教の聖典コーラン(クルアーン)には、先行宗教であるキリスト教とユダヤ教の旧約・新約の聖書の主要な内容が、そっくり盛り込まれている。キリストやモーゼ、アブラハムなども、イスラム教創始者のムハンマド(マホメット)と並んで、神の言葉を人間に伝える「預言者」であるとされている。ムハンマドが最後の預言者で、彼の後にはもう預言者は現れないことになっている。

 好戦的なパレスチナ占領地のイスラエル人は、以前私に「ムハンマドは預言者なんかじゃない。彼は、新興宗教を作るために他宗教の教典をコピーしただけだ。最後の預言者だというのも、後出しジャンケンと同じでインチキだ」と言っていた。「ムハンマドは、キリスト教徒やユダヤ教徒に改宗を迫りやすいように、先行宗教の教義を取り込んだのだ」と言う人もいた。(関連記事

 宗教の話なので理由を合理論で分析することは控えるが、とにかくコーランにはキリスト教の教義が取り込まれている。十字架にかけられて昇天したキリストは天上ですごしており、いずれ来るこの世の終わりに地上に再臨し、その後人類は「最後の審判」を経て至福の時代を迎えるという終末論の未来像も載っている。コーランでキリストは「イエス」の変化型である「イッサ」(Isa)と言う名前で出てくる。(関連記事

 コーランの終末論には、キリスト教にない話も載っている。それがマフディの出現で、彼はキリストが再臨する前に世界が大混乱するときに現れ、悪者(「ダジャル」dajjal と呼ばれるニセの救世主)と戦って勝ち、この勝利の後、キリストが天から再臨することになっている。

 マフディは救世主だが預言者ではなく、ムハンマドの子孫である人間ということになっている(こう定義することで、ムハンマドが「最後の預言者」であるという教義に反しないようにしている)。ここまでは、スンニ派とシーア派で同じだが、ここから先の解釈は両派で大きく違ってくる。スンニ派では、マフディはムハンマドの子孫として将来メディナに生まれる普通の人間である。だがシーア派ではマフディは、西暦873年に「お隠れ」になった「最後のイマーム」が再臨するものだとされる。(イランの75%、イラクの60%がシーア派)(関連記事

▼イマームの「お隠れ」

 シーア派の「イマーム」とは、全イスラム教徒を束ねる歴代の指導者で、ムハンマドの子孫というだけでなく、神の意志を一般信者に伝える「聖人」的な存在だったが、第12代のイマームがなくなった後、イマームの系統は絶えた。

(歴代イマームが12人いたと考える「12イマーム派」がシーア派の中の多数派だが、ほかにイマームは7人しかいなかったと考える「イスマイル派」、5人だったとみなす「ザイード派」など、シーア派の内部はさらに複雑に分岐している)

 シーア派では最後のイマームは死んでおらず、普通の人には見えない姿で存在し続けていると考えられ、この世の終わりに再び現れると考えられている。キリストのように昇天したと考えると、次に現れるときに「預言者」扱いになり「ムハンマドの後には預言者はいない」というイスラム教の根幹の教義に反してしまうので、シーア派では「最後のイマームはお隠れになっている」という、微妙な考え方を採っている。

 オリジナルな教えを重視するスンニ派は、シーア派が「聖人」「お隠れ」といった神秘的な教義を勝手に加えていることを嫌い、原理主義のスンニ派の中には「シーア派は異端だから殺せ」と主張する勢力がある。

 シーア派信者の多くは、古代から大文明があったペルシャ・メソポタミア地方におり、シーア派の神秘的、密教的な性格は、彼らがイスラム教に帰依する前にこの地域に存在していた古代文明の神秘宗教(ミトラ教、ゾロアスター教など)の影響を受けている。この神秘宗教は、日本仏教の密教や、古代のギリシャやインドの宗教と共通性がある。(関連記事

▼イラク戦争と「この世の終わり」の類似

 仏教にも、将来の出現が予定されている救世主として弥勒菩薩(みろくぼさつ)がいるが、弥勒が現れるのは非常に遠い将来であり、もうすぐ現れるものではない。それに比べると、マフディはもっと現世に近い存在で、19世紀に中東がイギリスなどの植民地にされ、人々に対する抑圧が高まったときに「自分はマフディだ」と主張する宗教指導者が相次いで出現した。イランではイスラム教から派生した新興宗教としてバハーイー教(バハイ教)がおこり、その指導者が、自分はマフディだと宣言した。1881年にはスーダンでも、イギリス統治に反対する運動の指導者がマフディを自称した。

 それから120年あまりがすぎ、911事件後、中東は再び米英から侵攻や圧力を受け、人々は抑圧感を強めている。そんな中でイランでは、マフディの出現が近いと信じる人が増えている。

 8世紀に生きたシーア派の6代目イマーム(Jafar al-Sadiq)は、マフディが出現するときの状況について「バグダッドやクーファ(イラクの都市)の空が炎に包まれ、家々が破壊され、多くの人々が死に、絶え間ない恐怖に襲われる」などと予言している。イラク戦争では、まさにこの描写のとおりの状況が起きている。シーア派の信者にとって、イマームの言葉は神様の言葉であり、絶対の真実だから、イランやイラクの信者たちが「もうすぐマフディが出現する」と確信するのは無理もない。(関連記事

 米軍の侵攻後、イラクのシーア派を代表する反米的な民兵軍団に成長したサドル師の「マフディ軍」の名前も、救世主マフディにあやかっている。

 イランの首都テヘランの南にある聖都コムには、最後のイマームがお隠れになる前に建てたとされるジャムカラン・モスクというのがあり、最後のイマームがマフディとして再来するときには、このモスクに現れると人々に信じられている。古くから、お隠れになっているイマームを通じて神様に願掛けをしたい人々は、このモスクの井戸に、願い事を書いた手紙を投げ入れてきた。3年ほど前から、このモスクに参拝に訪れる人々の数は増え続けており、マフディ出現への人々の期待感を象徴している。(関連記事

▼終末観をふりまくアハマディネジャド

 昨年8月に就任したイランのアハマディネジャド大統領は、マフディの再来を強く意識した政策や言動を展開している。政権ができた1カ月後、マフディの再来をテーマにしたセミナーが政府肝いりで開かれ、講演したアハマディネジャドは「物質主義(物欲重視)やリベラル主義(脱宗教による個人重視)に基づいた経済発展を目指す政策はもうやめる。代わりに、マフディが間もなく再来するという期待感を基盤とした思考に基づき、国内政策や外交をやっていく」「マフディが再来する条件を整えることこそが、政府の任務である」と述べている。(関連記事

 アハマディネジャドは、テヘラン市長時代からマフディの再来を意識した都市環境の整備を提案していた。大統領に就任した後、マフディが出現する場所と信じられているジャムカランモスクを修繕するために政府予算を計上したり、任命した閣僚たちに対し、大統領に対してだけでなく、マフディに対して忠誠を誓う文書にも署名させ、誓約文の束は最後のイマームに届くよう、ジャムカランモスクの井戸に投げ込まれたと報じられている。

 これらの話からは、アハマディネジャドは迷信を信じ込んでいるだけの人で、大変な愚人が権力者になってしまったとも考えられる。しかし、彼が昨年9月17日にニューヨークの国連総会で演説した内容を見ると、イスラム教、キリスト教、ユダヤ教に共通した「この世の終わり」の宗教観を扇動することで、大規模な世界戦略を展開していることが見えてくる。

 この演説は、核問題やパレスチナ、イラクなどの問題以外に、宗教的な話がちりばめられている。現状の世界について「(人間が経験できる領域のみの知識を重視し、それ以外を無視する現代的な)不可知論が下火になり、代わりに(人が知ることのできない範囲の知識までを含めた)宗教的な神の知識が重視され始めている」と述べ、キリスト教やユダヤ教までを含めた全世界(彼は多神教を無視している)が、宗教的になり、至福の時代(マフディやキリストが再来した後の世界)を待ち望んでいる、と述べている。そして最後に「神よ『約束の人』を早く出現させてください」と述べて終わっている。(関連記事

 この演説が興味深いのは、イスラム教徒だけでなく、キリスト教徒やユダヤ教徒までを視野に入れて「現代西欧のリベラルな思想を捨てて、一神教の宗教知識に戻ろう」と呼びかけて、イスラム教、キリスト教、ユダヤ教に共通する救世主待望論に結びつけていることである。イスラム教は、キリスト教とユダヤ教の教義を取り込んで創設されているので、こうした主張はイスラム教的には無理なく発せられている。

▼鏡像的な関係

 先代のイラン大統領だったハタミも、3つの一神教の間の対話を提唱していたが、ハタミの目的は、対話によってイランが欧米から敵視される状態を終わらせることにあった。アハマディネジャドは全く逆である。イスラム教もキリスト教も「大戦争が起きた後に救世主が来て、至福の時代になる」と預言しているのを利用して、ブッシュ政権がイスラム世界に対して仕掛けてきた喧嘩(戦争)を積極的に買い、大戦争を起こすことで、救世主の出現を誘発するのがアハマディネジャドの企てである。

 ブッシュ政権に強い影響力を持っているとされるアメリカのキリスト教原理主義には、キリストの出現を誘発するために中東で戦争を起こす、という考え方があるが、アハマディネジャドもそれと同じ考え方である。ただし、アメリカとイランでは、善悪が逆転している。お互いに「自分の方が善であり、相手が倒すべき悪だ」と考えており、鏡像的な敵対関係にある。(関連記事

 アメリカとイランの権力者のどちらかが「戦争はしたくない」と考えているのなら、イランをめぐる危機は、戦争までならずに回避される可能性があるが、互いが「戦争こそ必要」と思っているため、アメリカがイランを空爆し、イランが復讐して長い戦争が始まるというシナリオは、ほとんど不可避であると感じられる。

 アハマディネジャドは、20歳代に宗教系の学生運動家だったころから、マフディの再来を誘発することを目的にイランに作られた秘密組織「ホッジャティエ」(Hojjatieh)のメンバーだったのではないかと、欧米の分析家は考えている。イスラム革命で政権をとったホメイニ師は、扇動性を危険視してホッジャティエを1983年に禁止したが、その後ホッジャティエは秘密結社となり、その秘密会員が政府や宗教界などで力を持つようになり、アハマディネジャドの当選によって、ホッジャティエの秘密会員が政府各省のトップに近い地位に就く状況となっているという指摘もある。(関連記事

 こうした状態は、アメリカで秘密結社的な色彩の強い「ネオコン」が、1970年代から政府内に入り込み始め、ブッシュ政権で一気に権力を握り、自滅的なイラク侵攻を実施したことと似ている(ネオコンにはユダヤ人が多く、キリスト教原理主義とは親密だが別物ではある)。(関連記事

 ネオコンは「政治的真実や奥義は、権威や権力の中枢にいる高貴な人々だけが知っていればよい。大衆が真実や奥義を知ると、ろくなことはない。指導者は、自分の弟子だけに真実や奥義を伝え、他の人々には適当なウソ(高貴なウソ)を言っておけばよい」という古代ギリシャ以来のプラトン主義の考え方を継承するとされる、シカゴ大学の政治哲学者レオ・シュトラウスの弟子たちである。(関連記事その1その2

 密教的な知の徒弟制度は、古代ギリシャと関係が深いペルシャで形成されたシーア派の中にも息づいている。シーア派の真髄はコーランを「行間読み」して(スンニ派から見るとこじつけ的に)拡大解釈した先の奥義にある。秘密の結社や教義に関係している点で、ネオコンとアハマディネジャドは意外に近い存在である。(関連記事

▼国際政治の隠された「奥義」

 ネオコンとアハマディネジャドは、奥義の面でも共通点が感じられる。ネオコンは「世界を民主化する」と言いながら、イラク戦争を自滅的な失敗に変質させたり、民主化の結果イスラム原理主義を跋扈させたり、中東や欧州の人々を怒らせて反米にしたりして、隠された真の目的として何か別のことが存在しそうな感じがする。私は、真の目的は「資本の論理に基づく世界の多極化」ではないかと推測している。(関連記事

 ネオコンと同様に、アハマディネジャドやホッジャティエの面々も、本当に救世主マフディの出現を心底信じて扇動政治をやっているのではなく、真の目的は別に存在するのではないかと疑われる。考えられる真の目的は「イスラム世界の統合」である。

 ブッシュ政権がイスラム世界を怒らせる言動を繰り返し、アハマディネジャドが反米・反イスラエルの言動を繰り返すうちに、中東諸国では親米やリベラル主義の勢力が衰退し、イスラム主義や反米の勢力が強くなり、イランと親密な関係を持つようになっている。中東諸国の諸勢力は、シーア派・スンニ派の対立を超え、反米(反欧米)で結束している。今後、アメリカがイランに戦争を仕掛けて泥沼化すると、この傾向がさらに進み、これまでずっと欧米によって分断されてきたイスラム世界の結束が強まると予想される。

 その大戦争の途中で、マフディやキリストが本当に出現するのかもしれないが、私は一神教徒ではないので救世主の出現を信じない。どちらにしても、最終的にこの大戦争は欧米の中東支配を終わらせ、アメリカは衰退し敬遠される結果、アジアや中南米なども自律的な覇権地域になり、世界は多極化していく公算が大きい。

 アメリカが自滅的、隠れ多極主義的な「世界民主化」を展開しているうちに、イランにアハマディネジャド政権ができ、中東を統合し世界の多極化に貢献するような動きを始めている。これは偶然の結果なのか、それとも欧米の中枢と、イランの最高権力者であるハメネイ師の間で、何かやり取りがあったのか。

 そのあたりは、国際政治の「奥義」そのものなので、中枢から遠い市井の徒である私には、事実かどうか確認できない。だが、全体として「世界中で反米が扇動され、アメリカは自滅し、世界が多極化していく」という動きが、あちこちでシンクロナイズし始めている感じは、だんだん強まってきている。




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