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日本の核武装とアメリカ

2006年10月24日   田中 宇

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 最近、私が疑問に思うことの一つに「アメリカは日本を核武装させたいのか、させたくないのか」というのがある。読者の多くは「アメリカは日本を支配し続けたいのだから、日本を核武装させたくないに決まっている」と思うかもしれない。「アメリカのライス国務長官が日本に来て、米軍が全力で守ってやるから核武装するなと言ったばかりだ」という指摘もあるだろう。

 しかし私は「ライスの宣言は口だけではないか」「もしかすると、安倍首相がライスに頼んで核武装するなと言ってもらったのかもしれない」と勘ぐっている。日本に核武装させたくないと強く思っているのは、アメリカではなく、日本の側である。対米従属は、自主外交するリスクを負わなくてすむので、外交能力の低い日本にとって最も良い国家形態であると思っている日本の官僚、政治家、財界人は多い。

 昨年2月に北朝鮮が核兵器の保有を宣言した後、アメリカではチェイニー副大統領を筆頭とするタカ派・ネオコン筋から「日本を核武装させ、北朝鮮や中国に対抗させるべきだ」という主張が断続的に出ている。昨年5月には、タカ派が大半を占める米上院で「中国が北朝鮮の核実験を阻止できない場合、中国に対する懲罰として、日本を核武装させるのが良い」という考え方を盛り込んだ政策提案が発表されている。(関連記事

 同時にアメリカからは「北朝鮮が核武装したら、日本も核武装するのはやむを得ない」という意見が多く発せられている。「日本は3カ月で核武装できる」という指摘も出ている。アメリカのタカ派が「日本を核武装させろ」と言い、現実派が「やむを得ない」と言うという、アメリカお得意の「ぼけと突っ込み」を組み合わせた言論を受け、日本は核武装の方向に少しずつ押しやられている。(関連記事その1その2

▼日本を核武装させ、北朝鮮や中国と戦わせる

「日本を核武装させろ」という主張は、10月9日の北朝鮮の核実験後、再びアメリカのタカ派言論人から活発に出されている。「悪の枢軸」という言葉を作り、ブッシュに演説で使わせたネオコンのデビッド・フラム(David Frum)は「アメリカがイスラエルに軍事援助してイランの核施設を先制攻撃させるのが良いのと同様、日本を核武装させて北朝鮮を叩かせ、中国に対抗させるのが良い」と主張している。(関連記事

 またフラムは「日本は核拡散防止条約(NPT)を無視して核武装すればよい」とも言っている。この主張の裏には「NPT体制はアメリカの軍事戦略を縛っているので、日本に破らせて壊すのが良い」というネオコンの考え方があるのだが、まるで「日本は戦前の猛々しさを取り戻し、国際社会の批判など無視して軍事大国になり、反米の朝鮮を征伐し、中国を侵略すればよい」と言っているかのように聞こえる。

 日本では、こうしたアメリカ内部の意見を「極論」と切り捨てて自らを安心させたい人が多いかもしれないが、そうした「見ざる聞かざる」の態度は危険である。フラムは「悪の枢軸」を発案した人であり、ブッシュをその気にさせてイラク侵攻を挙行し、今またイラン攻撃を画策している実行力のあるネオコンの代表格の一人である。

 同様に日本人は、ライスの「日本は核武装するな」という言葉を聞いて「やっぱりアメリカは日本を支配したいんだ」と安心してしまう「支配されたい病」からも脱するべきだろう。ネオコンが過激なことを言い、ライスのような現実派が「それは言い過ぎだ」と反論しつつも、事態は過激な方に流され、結局ネオコンが望んだ通りになる、というのがブッシュ政権の多くのケースである。ネオコンとライスは対立していない。「ぼけと突っ込み」の役割分担であり、結論部分はネオコンが握っている。

 ネオコンはイスラエルにイランを攻撃させたがっているが、これはイスラエルの自滅につながりかねない。今年7月のレバノンでの戦争では、アメリカはイスラエルを応援しただけで派兵せず、イスラエルは梯子を外され、潜在的な国力を激減させた。同様に「日本を核武装させて北朝鮮や中国と戦わせる」というネオコンの提案は、もし日本が本当に北朝鮮や中国と戦った場合、アメリカは言葉で応援したり武器支援をしてくれるだけで、実際の派兵をせず、日本に不必要な自滅を強いることになりかねない。非常に危険である。(関連記事

 以前の記事に書いたように、私は「ネオコンは単独覇権主義者のふりをして、実は多極主義者なのではないか」と感じている。アメリカの覇権にぶら下がって自国を強くしようというイスラエルとイギリスは、すでにブッシュ政権に振り落とされ、自滅しかけている。日本はアメリカにぶら下がってきたものの、イスラエルやイギリスのようにアメリカを牛耳ろうとしなかったため、まだ振り落とされていないが、今後は分からない。

▼もはや幻影の日米軍事同盟

 日本人の多くは「日本が核武装しても、それは日米軍事同盟の傘下でのことで、むしろ日米同盟を強化し、日米を対等な関係に近づけてくれる」と考えるかもしれない。だが、日本のマスコミが「日米同盟の強化」を喧伝しているのとは全く逆に、実際には日米同盟はかなり空洞化しており、もはや「幻影」であるといっても良い状態である。

 9月末に米陸軍が発表した報告書によると、米軍はイラクとアフガニスタンの占領にかかりきりで、兵器も兵士もイラクにとられ、朝鮮有事の際に日本や韓国を守りたいと本気で思ってもできない状態にある。たとえば、米陸軍で朝鮮半島有事に対応する担当部隊の一つである第3歩兵師団は、戦車や装甲車など師団の装備のほとんどすべてをイラクに運んで使用中で、この師団の米本国の基地(ジョージア州)は空っぽの状態だ。(関連記事

 朝鮮半島有事に対する米韓両軍の作戦計画書「OPLAN 5027」では、有事には69万人の地上軍兵士が動員されることになっているが、この内容は今やほとんどジョークである。米軍は、イラク駐留の14万人の兵力すら維持できず、1−2万人を削減できるかどうかをめぐって米軍と米政界が何カ月も議論し、その挙げ句にイラクの情勢が悪化して削減どころか増派せざるを得ない状況だ。

 米軍は、朝鮮半島で戦争が起きても、地上軍を全く派遣しない可能性が大きい。数千人でも派兵したら最後、地上戦の泥沼にはまって増員を余儀なくされ、長期間派兵せねばならなくなる。米軍はイラクから撤退しない限り、東アジアに派兵する余力はない。

 米軍が使いものにならなくなっている現実をふまえ、韓国政府は、有事の際の軍の指揮権を、従来の米軍から韓国軍に切り替える話をアメリカとの間で進めている。米軍に頼れないなら自国軍で対応するしかないので、韓国では来年の防衛予算を10%も増やす予定になっている。(関連記事

 この流れの中で、ラムズフェルド国防長官は8月末に「北朝鮮は韓国を攻めないだろう(だから在韓米軍を撤退しても問題はない)。北朝鮮がイランなどに核兵器を売ることの方が心配だ」と発言し、アメリカは北朝鮮との戦争よりもイランとの戦争に関心があることを示唆している。(関連記事

▼韓国を見捨て、いずれ日本も・・・

 米軍は、財政的にも全く余力がない。財政赤字の増加に対応するため、ブッシュ政権は防衛予算の削減を試みているが、今年8月の来年度予算編成計画に際し、米陸軍は、ホワイトハウスが決めた陸軍予算の額ではイラクの駐留費が足りなくなるとして異例の抵抗を示した。(関連記事

 ブッシュ政権は911以来、防衛費を急増しているが、その多くはイラク占領やテロ戦争の実際的な作戦には使われず、戦場に強力な無線LANシステムを作って動画をやりとりする戦争のIT化計画や、空中戦が得意な最新鋭のF22戦闘機、ミサイル迎撃システムなど「軍のハイテク化」に予算の多くが費やされている。(関連記事その1その2

 テロ戦争も、イラクとアフガンの戦争も、テロリストやゲリラとの「地上戦」もしくは「犯罪捜査」に近い戦いであり、空中戦や軍のハイテク化とは無縁である。だが、政治資金をくれる軍事産業が儲かるので、米政府はハイテク化に巨額の予算を投じている。陸軍の歩兵には満足な予算がついておらず、イラクの米軍兵士の多くは、ゲリラの銃弾が貫通してしまう軽装備の装甲車に乗っている。(関連記事その1その2

 軍事費も兵力も足りないアメリカでは、日本が核武装したら「もはや日本はアメリカの核の傘の下にいないので、アメリカに頼らず自分で防衛した方が、アメリカにとってもコスト安になる」という議論が出てきかねない。すでに韓国では、韓国側がアメリカ側に「韓国はアメリカの核の傘の下にあると言ってほしい」と求めているのに対し、米側は「前向きに検討する」としか答えない状態になっている。(関連記事

 日本には「韓国は反米だが、日本は親米なので、アメリカは韓国を見捨てても日本は見捨てない」という見方が多いが、私から見ると、ブッシュ政権を握る「隠れ多極主義者」たちは、アメリカの世界に対する影響力の全体を減退させようとしており、相手が反米でも親米でも、目指すところは同じである。反米の韓国は素早く荒々しく切り捨て、親米の日本はゆっくりひそかに切り捨てる、というプロセスの違いがあるだけである。

▼パトリオットは詐欺かも

 軍のハイテク化の中でも、飛んできたミサイルを迎撃ミサイルで撃ち落とそうとする「ミサイル防衛計画」は、北朝鮮のミサイルの脅威に対応できると考える読者が多いだろう。日本は最近、巨額の金をかけてアメリカから迎撃ミサイル「パトリオット」を導入している。

 だが、迎撃ミサイルが飛んできた北のミサイルを撃ち落とせる確率がどの程度なのか、多いに疑問がある。「パトリオット」は1991年の湾岸戦争で使われ、当初は100発100中のように報じられたが、実はほとんど迎撃できていなかったことが、戦争後に明らかになっている。(関連記事

 その後、米軍は大陸間弾道ミサイルを撃ち落とす迎撃実験を繰り返しているが、これまで数回の実験はすべて失敗で、今年9月初めに行われた最も最近の実験だけ「成功」と発表された。(関連記事

 従来の失敗を見ると、迎撃システムはまだ実戦使用には耐えない初期の実験段階でしかないことが分かる。実際のミサイルは、いつどこからどのくらいの重さのものが飛んでくるか分からないが、実験では、発射場所と発射日時とミサイルの重さや大きさをすべて事前に迎撃システムに入力し、それでも迎撃できない確率の方が高かった。(関連記事

 9月の実験が「成功」と発表されたのは、7月の北朝鮮のミサイル試射後、アメリカや日本で「迎撃ミサイルは北朝鮮のミサイルを撃ち落とせないのではないか」という懸念が広がったことへの対策であり、アメリカから日本に迎撃ミサイルをスムーズに売り込むためにも「成功」が宣伝される必要があったのではないかと勘ぐれる。

 本当は迎撃ミサイルが使いものにならないのだとすれば、日本政府はアメリカに騙されているのか、と思う人もいるかもしれないが、もしかすると日本政府は、迎撃ミサイルが使いものにならないかもしれないと知りつつ、巨額の金をアメリカに払っているのかもしれない。巨額の迎撃ミサイル購入費は、日米関係の「潤滑油」としてうってつけである。

▼反米勢力の核武装を扇動する

 アメリカはイラクで自滅し、世界から軍事的な撤退を余儀なくされている一方で、911以来、北朝鮮やイランなど、世界の反米勢力の核武装を扇動するような行為をやり続けてきた。

 たとえば昨年9月中旬、ブッシュ政権は「核兵器などの大量破壊兵器を持っていてアメリカに脅威を与えそうな国や勢力に対し、アメリカは核兵器などを使って先制攻撃することがある」という新たな軍事戦略を発表したが、これはイランや北朝鮮に対して「核兵器で先制攻撃するぞ」と宣言したに等しい。この宣言は、昨年9月下旬の北京での6カ国協議の直前、北朝鮮が協議に乗ってきた矢先に発せられ、北朝鮮に「アメリカが提案する和平は信用できない」と思わせる効果を生んでいる。(関連記事

 イランなどは、従来はほとんど核兵器を開発する施設や技術力がなかったのに、今にも核兵器を持ちそうだという濡れ衣をかけられた上、アメリカから「先制攻撃するぞ」と脅されている。これでは「核開発するな」と言う方が無理である。このようなアメリカのやり方を見て北朝鮮は、ひそかに核開発を続け、何とか早く核実験までこぎ着けようと考えたに違いない。(関連記事

 もともとソ連の傀儡国家として作られた北朝鮮は、ソ連崩壊で後ろ盾を失い、孤立して追い詰められている。そういう勢力に「ぶっ潰すぞ」と脅しをかけたら、死にものぐるいになって「抑止力」を求めるのは当然だ。日本のマスコミでは「金正日は正気ではない」という宣伝がさかんだが、正気でないのは金正日よりブッシュ政権の方である。

(ブッシュ大統領だけでなく、側近の多くが、北朝鮮やイラク、イラン、アフガン、ロシアなどに対し、失敗する政策を頑固に推進している。これは、大統領個人が低能だからというだけでなく、意図的な失敗であるとしか思えない)

 追い詰められて何をするか分からない勢力に対しては、武器を突きつけるのではなく、まずある程度の食い物をやって安心させ、更正していくよう時間をかけて説得するしかない。ブッシュ政権の北朝鮮政策は完全に間違っており、クリントン政権の「枠組み合意」や、今の中国の戦略の方が、はるかにましである。日本のマスコミは「クリントン時代のやり方は間違っていた」とよく書いているが、これはアメリカのタカ派系マスコミのプロパガンダを鵜呑みにしているにすぎない。

▼核抑止力を無効にしたブッシュ

 核兵器をめぐるブッシュ政権の政策のもう一つの特徴は、イランや北朝鮮などの反米国を脅し、逆に核兵器を持たせてしまうように扇動した結果、世界で核保有しそうな国が急増し、従来の「核抑止力」が無効になってしまったことである。

 かつて世界の核保有国は、国連安保理の常任理事国と重なっており、核兵器は「強く正しい大国が合議によって世界の秩序を守る」という国際社会の体制を維持する効果を持っていた。その後、インド・パキスタン・イスラエルなどが核保有したが、核兵器が世界の秩序を守るという効果は、何とか維持されていた。

 ところが、ブッシュ政権の先制攻撃の強硬戦略を受けて「アメリカにやられる前に核武装しなくては」と思う国が増えた結果、今や核兵器を持っているか持ちつつある国は30カ国以上になっている。(関連記事

 しかも、たとえばイスラム諸国の中で唯一の核保有国であるパキスタンでは、親米のムシャラフ政権が、反米のイスラム主義勢力によっていつ倒されても不思議ではない状況だ。今後、パキスタンが反米のイスラム主義国に転換したら、核兵器は他のイスラム主義の国やゲリラ勢力などにも分配される可能性がある。イスラエルの核に対抗する名目で、パレスチナのハマスが核を持つかもしれない。(関連記事

 イスラム過激派や北朝鮮は、極貧で「失うものがない」勢力である。彼らの核武装に対して、日本やアメリカなどの豊かで「失うものが多い」国が核兵器を持つことは、抑止力にならない。向こうから攻撃されてこちらが失うものは巨大だが、こちらからの攻撃で向こうが失うものは少ない。そもそも「アルカイダを先制核攻撃で潰す」と言っても、どこに向けて核ミサイルを発射すればいいかさえ分からない。

(ブッシュ政権は、欧米先進国が支配する世界体制を意図的に壊し、途上国に政治力を持たせて経済発展させることで、投資家としての利益を拡大しようとする「隠れ多極主義者」ではないかと私は疑っているが、多極主義者にとっては、世界の反米勢力に核兵器をばらまいて欧米先進国を相対的に弱体化させることは、合理的な戦略である)(関連記事

▼核抑止力が失われた後に核武装したがる愚

 日本と北朝鮮が核戦争に近づくことは、金正日だけに得をさせる。金正日政権は事態が戦争に近づくほど、国内を結束させ、政権転覆を防げる。一方、日本は、北朝鮮が「東京に核ミサイルを落としてやる」と宣言しただけで経済が打撃を受け、混乱する。日本がミサイル防衛や核兵器でいくら武装しても、この状況は変わらない。

 ブッシュ政権は、核兵器が従来持っていた「抑止力」という政治機能を壊した。日本人は、これまで核兵器が「抑止力」だった時代には核兵器を持たず、日本人が核兵器に反対する運動を展開しても、抑止力を重視する核保有国に無視されていた。ところが日本人は、核兵器が抑止力を失いつつある今ごろになって、核武装したがっている。本当は「核兵器は抑止力が失われたので、もう全世界で核廃絶した方が良いのではないか」と主張した方が外交的に得策なのに、世界の変化が見えていない。対米従属の気楽さが、日本人を浅い考えしかできない人々にしてしまった。

 以前の記事に書いたように、日本のように国土が狭く人口が密集している国は、従来から核抑止力は薄く、もともと核武装する意味が少ない。中国と日本が5発ずつ核兵器を撃ち合ったら、国家全体に占める被害は、日本の方がはるかに大きい。

 この件で「中国が5発撃つなら、日本は100発撃てばいいのだ」と言う人がいたが、それは「1人殺されたら10人殺し返す」と言って戦い続けて自滅に向かっているイスラエルのようになることを意味している。倍返しの報復を表明することは、敵を増やし、最後には自分たちの破滅にしかつながらない。



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