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半年以内に米イラン戦争が始まる?

2006年12月28日   田中 宇

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 12月20日、米軍が核武装しつつあるイランを威嚇するため、ペルシャ湾に航空母艦を中心とする部隊(空母打撃群)を2組、派遣すると、アメリカのマスコミがいっせいに報じた。

 一つ目の部隊は、空母アイゼンハワーを中心とし、9月以来、ペルシャ湾外のアラビア海に駐留し、イランがペルシャ湾の入り口のホルムズ海峡に機雷を敷設して封鎖した場合に備え、機雷除去の訓練などを繰り返した。これに対しイラン側は、自国を威嚇する行為だと非難しつつ、対抗的に自分たちも軍事演習をやったりした。同空母は12月11日にペルシャ湾に入った。(関連記事

(有事に備えた船舶臨検の演習も実施され、アメリカ中間選挙直前の10月には、ペルシャ湾の内外で欧州諸国の軍隊や日本の自衛隊も参加して国際的な軍事演習が行われた。当時、日本のNHKテレビが、これを「北朝鮮などの脅威に備えるための臨検の演習」と、北朝鮮のみを強調して報じ、アメリカがイランを威嚇するために軍事演習しているという視点が視聴者に伝わらないよう、情報操作していたのが印象的だった)(関連記事

 アメリカがペルシャ湾に派遣する二つ目の部隊は、空母ステニスを中心とする部隊で、12月末にアメリカ西海岸の母港を出港し、来年1月末にはペルシャ湾に到着する予定になっている。2つの空母部隊は、少なくとも来年5月まではペルシャ湾の近辺に駐留する。イギリス軍の軍艦も行動をともにしており、2003年のイラク侵攻と同様、米英連合による軍事行動となっている。(関連記事

 空母を2隻も結集させる最大の目的は、核武装しつつあるイランを威嚇するためだと米軍が発表している。一行の中には、海から陸地への上陸作戦を挙行できる海兵隊の水陸両用艇の部隊もおり、有事の際にペルシャ湾からイラン本土へと上陸して侵攻できる準備が整っている。(関連記事

▼国連のイラン制裁決議は事態を戦争に近づけた

 米軍が空母2隻を派遣してイランを威嚇する、という記事が出た3日後の12月23日には、国連安保理で、イランの核開発(ウラン濃縮)を規制する決議案が採択された。この決議は、安保理で8月から議論が続けられていたもので、イランが決議に反してウラン濃縮を中止しない場合、国連がどのような制裁を行うべきかをめぐり、安保理の常任理事国の5カ国の中で意見が対立していた。(関連記事

 5カ国のうちアメリカは、国連軍による軍事行動を含む厳しい制裁措置をとることを決議に盛り込むべきだと主張したのに対し、ロシアと中国は軍事制裁を盛り込むことに反対し、何カ月も議論がまとまらなかった。最終的に全会一致で決議された中身は、ロシアや中国の主張を全面的に採り入れたもので、アメリカが譲歩した結果、軍事制裁は盛り込まれず、イランが決議を無視しても、ほとんど損害を受けない内容となった。(関連記事

 国連の決議後、イランは決議を無視してウラン濃縮を続けると表明し、決議を嘲笑するかのように、濃縮に使う遠心分離器を従来の300基から、一気に3000基の増設を行うと発表した。核爆弾1発分の濃縮ウランを作るのに、300基なら10年近くかかるので、アメリカやイスラエルの政府が「イランはもうすぐ核兵器を持つ」と主張しているのは従来は誇張だった。だが、3300基なら1年ほどで1発分を作れる。イラン政府は「核開発は発電用途のみ。核兵器は作らない」と表明しているが、今後、技術的には従来よりはるかに短期間で核兵器を作ることが可能になり、戦争の可能性がその分高まる。(関連記事

 またブッシュ政権は、イラン制裁の国連決議と前後して、イランの西隣のイラクに派兵している米軍の兵力数を2万−3万人増派する方針を決めた。増派の目的は、建前はイラクの治安の安定化だが、実はこれから米軍がイランを攻撃する際に使える兵力を増やすのが隠された目的なのではないか、と勘ぐる分析者もいる。(関連記事

 アメリカのキリスト教原理主義者の一部の勢力は、ブッシュ政権と共和党に対して強い政治影響力を持っているが、彼らは聖書の黙示録などの預言どおり、間もなくイエス・キリストがこの世に再降臨すると信じている。彼らは、再降臨の前に起きると書かれている大戦争が、イスラエルとアメリカによる、イランやヒズボラとの戦争のことであり、それがこれから起きるに違いない、その戦争を誘発せねばならないと考え、アメリカとイスラエルの政府に、イランを攻撃せよと圧力をかけている。(関連記事

▼「半年以内に和平できなければ大惨事」

 これらの流れから、アメリカがイランと戦争に入る可能性が高まっていると感じられるが、開戦するとしたら時期はいつなのか。最近、中東情勢をめぐる出来事や要人発言をウォッチしていると、来年3月から6月ごろに、イランとの戦争が始まるのではないかと感じさせる発言や出来事がいくつもあることに気づく。(関連記事

 最も目立つ意志は、イスラエルの右派(リクード党)と、アメリカにおける彼らの盟友であるネオコンやチェイニー副大統領から発せられている。イスラエル右派は来年3月までに、アメリカにイラン攻撃を実施させたいと考えている。逆にアメリカのネオコンは「イスラエルがシリアを攻撃してくれると信じている」というメッセージを発している。(関連記事

 また、チェイニー副大統領は以前から「07年春までにイランを攻撃する」ともらしていたと、CIA関係者によって指摘されている。前々回の記事に書いたように、チェイニー副大統領は11月にサウジアラビアを訪問し、サウジ王室に「間もなくイランを攻撃するから、その際は支持してくれ」と依頼したと指摘されている。(関連記事その1その2

 ヨルダンのアブドラ国王は先日、日本を訪問した際「来年前半のうちに中東和平を進展させないと、大戦争の惨事が起きる」「(中東にとって)07年は非常に重要な年である。今後6−7カ月の間に和平が実現しない場合、イスラエルを含む中東全域が、破滅的な結末を結末を迎えることになる」と述べている。(関連記事

 イスラエルは最近、来年度の防衛予算として、過去最高の額を計上することを決めた。イスラエル軍内では、今夏、レバノンのヒズボラとの戦争が未決着のまま停戦に至って以来「来年(07年)夏までにはヒズボラと再び戦争せねばならなくなる。そのときにはシリアやイランとも戦争になることを覚悟せねばならない」という指摘が何度も出されており、軍事費の急増は、そのためである。(関連記事その1その2

 これらのことからイランとの開戦時期を予測すると、現時点で最も可能性が高いのは07年3月から6月ごろということになる。

▼砂漠のイラクでは勝てても山地のイランでは勝てない米軍

 米軍はすでにイラクで疲弊し切っている。今後、イラク人はさらに反米意識を強めそうで、米軍は全力をイラクに投入せざるを得ない状況だ。イランに侵攻している余裕などない。米政界の超党派の「ベーカー委員会」(イラク研究会)も、戦火を拡大せず、イランと和解する方向に転換せよと、ブッシュに忠告する報告書を出している。だが、ブッシュは忠告を聞き入れず、イラクに兵力を増派し、イランの近海に空母を2隻も派遣して威嚇している。(関連記事

(先日、イラクのシーア派で最も尊敬されている宗教指導者システニ師が、反米強硬派のサドル師を擁護し、マリキ首相ら親米各派と、反米派のサドル師との仲直りを仲介しようとした。システニはイラクを反米の方向に動かしている)(関連記事

 イラクは砂漠の多い、兵器の力が強い米軍に有利な地形だが、対照的に、イラン西部には広大な山岳地帯があり、米軍はゲリラ戦に対応するため、兵器ではなく歩兵に頼る度合いが強くなる。イランの年齢構成は若者が多く、80年代のイラン・イラク戦争の際にも何万人もの戦死者を出しながら戦争を続けたが、アメリカはイラクで3千人の兵士が死んだだけで米国内の世論が反戦に傾いており、歩兵の戦死に耐えられないという弱点がある。イランでアメリカが勝てる確率は、イラクで勝てる確率よりさらに低い。ほとんど勝てる見込みがない。

 だから従来、軍事や外交の専門家の多くは「米軍がイランに侵攻するはずがない」と考えていた。だが今、事態はどう見てもイラン侵攻の実施へと向かっている。

▼シリアと和解すればイスラエルは助かるのに・・・

 アメリカがイランと戦争になっても、戦火が他国に広がらず、戦場がイランとイラクに限定されていれば、少なくともイスラエルに対する悪影響は少ない。しかし、イスラエルにとって運の悪いことに、イランとの戦争が近づいているのと同じタイミングで、イスラエルの北と南の隣接地域で、イスラエルを敵視するイラン傘下の武装勢力が台頭している。

 北隣のレバノンで親米派のシニオラ政権が倒されてヒズボラが台頭し、南隣のパレスチナで親米的なアッバス大統領が倒されてハマスが台頭しそうだが、これらの転換は、いずれも来年前半に起きる可能性が強くなっている。

 レバノンとパレスチナで反イスラエル勢力が強くなっても、これらの地域とイランとの間に挟まって存在しているシリアが、アメリカやイスラエルと仲直りすれば、戦火の拡大は回避され、事態は和平に向かうかもしれない。しかし、シリアとの仲直りは、ブッシュ大統領が強く拒否している。(関連記事

 建国以来最悪の危機に立つイスラエルでは、政界内の中道派が、シリアとの和解を模索している。シリアの方も、アメリカやイスラエルに攻撃されて国を戦場にされるより、和解した方が良いと考え、アサド大統領が何度も「イスラエルと和解したい」と表明している。米政界の中からも、自滅的な戦争拡大を避けたいと考える超党派の上院議員たちがシリアを何回か訪問し、和解を模索している。(関連記事その1その2

 しかし、イスラエルのリクード、アメリカのチェイニーやネオコンといった右派連合は、シリアとの和解に強く反対しており、チェイニーの言いなりになっているブッシュ大統領がイスラエルのオルメルト首相に「シリアと和解するな」とクギを刺しているため、イスラエルは動けない。イスラエル政府内でも「シリアと和解すべきだ」という閣僚が何人もいるが、オルメルトは「ブッシュから禁じられているからダメだ」と突っぱねている。イスラエルは、ブッシュとチェイニーによって、国家存続の道を閉ざされつつある。(関連記事

 もう一人、中東における米英の覇権を守りたいイギリスのブレア首相も、何度も中東諸国を歴訪し、レバノンとパレスチナにおける親米政権の崩壊を食い止めようとしたが、もはや中東で「ブッシュの犬」としか見られていないブレアの言うことなど、誰も真剣には聞いてくれなかった。(関連記事

▼パキスタンからアフリカまでの大戦争に

 中東諸国では、来年前半に、ほかにもいくつかの戦争が激化しそうだ。アフガニスタンでは反米イスラム主義のタリバンが復活し、春の雪解けを待って、首都カブールの親米派のカルザイ政権を倒すべく総攻撃をかけると予測されている。カルザイ政権の後ろ盾であるNATO軍は、欧州で厭戦気運が強まり、すでに逃げ腰である。タリバンの支持者は、アフガニスタンの東隣のパキスタンにもたくさんおり、アフガニスタンでタリバンが勝つと、パキスタンの親米派のムシャラフ政権も危なくなる。(関連記事その1その2

 アフリカでは、アラビア半島の対岸にあるイスラム教徒の国ソマリアの内戦を制圧するためと称して、隣のエチオピアが、ソマリアに侵攻し、占領を開始した。エチオピアはキリスト教徒が有力な国であることから、アメリカはエチオピアのソマリア侵攻を「アルカイダとのテロ戦争の一環」と認定し、支持する姿勢を見せた。しかし、エチオピアは今後、ソマリア占領の泥沼に陥る懸念がある。(関連記事

 来年前半は、パキスタンからアフリカまでの広い範囲で、アメリカ側とイスラム過激派の側での戦火がいっせいに拡大しそうである。いずれの地域でも、アメリカの側は不得意なゲリラ戦に悩まされることは確実だ。

 これまで中東では(1)スンニ派のイスラム過激派(オサマ・ビンラディン、ハマス、イスラム同胞団)、(2)シーア派のイスラム過激派(イラン、ヒズボラ)、(3)左翼(無神論)系の汎アラブ主義(イラクとシリアのバース党、アラファトのPLO)という3つの勢力が対立してきた。だがイラク侵攻後、アメリカのやり方があまりにひどく、イスラム教徒の側があまりにひどい目に遭っているので、この3つの勢力は「欧米とイスラエルを中東から追い出す」という反米統一戦線として、急速に結束しつつある。(関連記事

 すでに、スンニ派のハマスはシーア派のイランに支援されているし、レバノンのシーア派社会では左翼系のアマルがイスラム過激派のヒズボラに合流している。

▼アメリカも世界支配の憑き物がとれて楽になる?

 来年の前半に起こりそうな中東大戦争の結果、アメリカとイギリスは軍事的に疲弊して中東から撤退し、イスラエルは消滅し、親米のアラブ諸国のいくつかは倒されて混乱する可能性が高い。しかし、その後の中東は意外に安定するのではないかと私は予測している。

 これまで、スンニ派とシーア派の対立を扇動して内戦にしたり、911などのやらせくさいテロ事件を誘発したりしてきたのは、中東を支配してきたイギリス、イスラエル、そしてアメリカである。彼らがいなくなった後の中東は、今の欧米や日本での常識とは裏腹に、意外に内戦やテロの少ない安定した地域になり、石油収入で豊かになっていける可能性があると、私は考えている。

 そして、実はアメリカ自身も、イギリスが植え付けた第一次大戦以来の世界支配の戦略をやめざるを得なくなった後、いったんは混乱するが、その後の多極化された世界の中では、憑き物がとれたように、意外に安定的な西半球の国として、ある程度の繁栄を存続するのではないかと私は予測している。以前の記事「アメリカの第2独立戦争」に書いたシナリオである。(関連記事

 憑き物とは、イギリスが発明してアメリカに移植され、この80年間ほど実行されてきた、隠然とした世界支配のシステムである。そこからアメリカが解放されることは、従来は「孤立主義」と呼ばれて嫌われていたが、孤立主義という烙印名を作ったのもイギリスである。

 アメリカが世界支配という憑き物から解放されて立ち直るのは2020年ごろかもしれない。そのころには中国はアジアの盟主になっているだろう。日本が中国の威圧感から距離を置きたければ、生まれ変わった後の、自らを地域大国に格下げしたアメリカに対して従属し続けるのも、良い方法かもしれない。アメリカが日本に従属を許してくれればの話だが。



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