クリスマスにちなんだ世界情勢

97年12月24日  田中 宇


 クリスマスが世界中で商業のお祭りと化している中で、今年のクリスマスを世界で最もオーソドックスに、宗教的な意味を込めてお祝いしている人々は、キューバのカトリック信者かも知れない。

 キューバでは来年1月に、ローマ教皇ヨハネ・パウロ2世の訪問が予定されている。ローマ教皇がキューバを訪問するのは史上初のこと。それに先立って、キューバ国家元首のカストロ議長は、クリスマスの日(12月25日)を休日とすることを決めた。

 カストロ議長は昨年11月にカトリックの総本山であるバチカンを訪れて以来、国内での信仰の自由化を進めている。キューバは1961年に社会主義国となるまでは、国民の大半がカトリック信者だった。

 その後、表向きは宗教の自由はあったものの、宗教=悪という社会主義思想によって、カトリック教会は政府から抑圧を受けるようになり、クリスマスも1969年から休日ではなくなった。(休日廃止の表向きの理由は、この時期のサトウキビの収穫に国民が専念するためとされた)

 1991年のソ連崩壊とともに、ソ連からの経済支援がなくなって、キューバは経済難に陥った。カストロ議長は、欧米の資本を呼び込み、アメリカの経済封鎖を解かせるための方策の一つとして、宗教への抑圧を減らし、ローマ教皇とも仲直りすることになった。

 とはいえ、キューバ庶民のクリスマスは慎ましやかなものだ。社会主義全盛時代にも、信仰心の強い人々は、クリスマスには家庭でちょっとしたごちそうを食べたり、神父さんのところに出かけたりしていた。今年は25日が休日になったこと以外は、庶民にとって表向きの大きな変化はなく、むしろ年々経済が悪化する中で、生活するのがやっと、という人々も多い。

●クリスマスが象徴する貧富の格差

 そんな中、キューバの首都ハバナで欧米流のきらびやかなクリスマスが演出されているのが、外国人や金持ちのための高級ホテルやレストラン、そしてドルショップだ。

 キューバでは1993年に外貨保有が合法化されて以来、外国とのビジネスにたずさわる人々と、それ以外の人々との間で貧富の格差が広がっている。生活苦にあえぐ人々を尻目に、ドルショップでは飾りのついたクリスマスツリーやプレゼント商品がどんどん売れたという。

 ローマ教皇は訪問に先立って、キューバにメッセージを送り、共産党機関紙「グランマ」12月20日付の1面に大きく掲げられた。教皇はクリスマスの休日化を喜び、「クリスマスの伝統は、キューバ人の心の中に深く根ざしたものです」と述べている。このメッセージを深読みすると、教皇は、極度に商業化して初心を忘れた欧米のクリスマスより、キューバ庶民のクリスマスの方に共感を覚えている、ということなのかもしれない。

 


キリスト様も仰天? 2000年目の巡礼者争奪戦

 クリスマスはイエス・キリストの誕生日であるが、彼が生まれたのはパレスチナ(イスラエル)の中心都市であるエルサレムのすぐ南の町、ベツレヘムであった。

 母親のマリアは、そこから約130キロ北の町ナザレ(ナザレス)に住んでいたが、旅の途中で宿泊したベツレヘムでイエスを産み落とした。そのため、イエスの誕生の地はベツレヘムだが、育ったのはナザレということになっている。

 こうした生い立ちのいきさつが2000年後、ユダヤ人とアラブ人(パレスチナ人)の間の対立の道具に使われるとは、イエス様も予想しなかったに違いない。(神が全能なら、すべて予定通りということになるのだろうが)

 イスラエルは1948年に建国を宣言し、アラブ諸国との間で引き起こした第一次中東戦争に勝利し、国土を獲得した。ナザレは、この時に獲得し、現在はアラブ諸国もイスラエル領であると認めている地域に含まれている。

 一方、ベツレヘムはイスラエルが1967年の第三次中東戦争でヨルダンから奪った地域である「ヨルダン川西岸」にある。アラブ諸国や国連は、この地域はパレスチナ人のものであり、イスラエルの占領は不当だと主張した。

 そのためベツレヘムの統治は、1995年にイスラエルからパレスチナ自治政府に移管され、現在に至っている。つまり、ナザレはイスラエルにあり、ベツレヘムはパレスチナにある、ということになる。

 問題は、西暦2000年に、世界各地から大勢のキリスト教徒たちが、キリストゆかりの地を巡礼すると予測されることだ。西暦2000年は歴史的にはキリスト生誕から正確な2000年後ではないが、宗教的には、西暦はキリストの生誕から始まるとされているので、2000年はキリスト教徒にとって重要な年になるということらしい。

 パレスチナとイスラエルには毎年200万人のキリスト教徒が、キリストやその他の聖人のゆかりの地を巡礼しにくる。2000年には、その巡礼者の数が500万人に達すると予測されている。そして、ベツレヘムとナザレのどちらが、より多くの巡礼者に来てもらえるかということが、パレスチナとイスラエルの新たな競争となってきている。

●イスラム青年の愛国的憂さ晴らしを規制

 2都市とも、2000年までにホテルや駐車場などの観光施設を整える予定で、それにかける資金も、ナザレが2億5000万ドル、ベツレヘムが1億8000万ドルと、張り合っている。2つの町は両方とも、人口が5万-6万人、そのうちキリスト教徒の人口は全体の30-40%とマイノリティで、残りはイスラム教徒である。

 ベツレヘムでは、1995年の自治開始以来の2回のクリスマスは、キリスト教徒の祝日というより、パレスチナ人の国家意識の発揚の場と化していた。クリスマスになると、イスラム教徒の若者たちがパレスチナの旗を振り回し、アラファト議長の大きなポスターを貼り付けて回る、といった光景がみられ、宗教的にクリスマスと関係ないイスラム教徒の若者たちの憂さ晴らしの場になっていた。

 そのため、キリスト教徒の側から、本来の宗教的なクリスマスに戻してほしい、と要請があった。2000年に向けてキリスト教の聖地としてのイメージ作りの必要もあるため、パレスチナ自治政府は今年、12月24-25日に、ベツレヘム中心街のキリスト生誕地に建てられた教会(Church of the Nativity)と、その前の広場には、キリスト教の巡礼者以外は入れない、という方針をとることにした。

 長い戦火で、これといった産業がないパレスチナにとって、歴史的な遺産を利用した観光業からの収入は貴重なものとなっている。

 
田中 宇 (MSNニュース担当 記者兼編集者)





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