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仕組まれた9・11 【1】爆心地

  田中 宇

 ニューヨークの世界貿易センタービルの跡地は「グラウンドゼロ」と呼ばれている。この言葉には「原爆の爆心地」とか「衝撃的な大きな変化のスタート地点」といった意味がある。
 2001年9月11日、このビルに2機の旅客機が相次いで衝突して起きた大規模テロ事件(911事件)は、テロリストとの「戦争」が始まるきっかけとなった。911以来、アメリカの政治や社会の体制は大きく変わった。アメリカの国防長官は「この戦争は50年続くかもしれない」と予測している。貿易センタービルの跡地は「50年の歴史のスタート地点」なのかもしれないのである。

 911の事件後、私が初めてこの「グラウンドゼロ」を訪れたのは、事件から2カ月ほどたった2001年11月下旬、ちょうどアメリカが感謝祭の連休に入ろうとするときだった。そのとき、この事件現場は、観光地のようになっていた。
 貿易センタービルの敷地から半径200メートルほどの街区は立入禁止になっていた。現場に至る各街路は途中で行き止まりで、突き当たりには目隠しの塀が立てられていた。その奥にある倒壊現場には、残骸を取り壊す工事の関係者しか入れない。
 かつて110階建てだったビルは、地上5階ぐらいのところまでが残り、焼け跡状態で立っていた。重機を使ってそれを取り壊しているのを遠くから見ることができたが、倒壊現場の全容を見渡すことはできない。

 それでも、歴史的な事件の現場を見ようと、たくさんの人々が行き止まりの街路を行ったり来たりしていた。私は2回そこに行ったのだが、いずれも感謝祭の連休期間(11月22日前後)だったため、特に混雑していた。
 周辺の道路は掘り返され、ビル倒壊で使用不能になった電力や水道など埋設管を敷き直す工事が進行中だった。人々が歩けるのは道の端だけで、そこを何千人もの観光客が行き違おうとするため、大混雑だった。工事に携わる人々は、自分たちにカメラやホームビデオを向ける通行人に対して「作業員のプライバシーを守りたいので撮らないでくれ」と連発していた。

 倒壊前の高層ビルの写真などを売る物売りも出て、現場は一見観光地だったが、見物客の表情は観光地のものではなかった。人々は困惑した感じだった。現場を見て涙を流している女性も何人か見かけた。9月11日に自分が受けた衝撃を消化するために、現場を見に来ている人が多いように感じられた。

 この旅行期間に、ニューヨークでアメリカ人と日本人、何人かずつお会いしたが、その多くが、9月11日から何日間か「テレビであの事件で亡くなった人の遺族の言葉を聞くたびに涙が出て止まらなかった」「通勤途上のバスに乗っていて、新聞を読んでいた誰かが泣き出すと、車内のあちこちからつられて泣く人の声が聞こえた。自分も泣いた」「事件から数日間は寝込んでしまい、何もする気が起きなかった」といった状態だったという。「事件のことを思うと今でも涙が出てくる」と言って涙ぐんだアメリカ人男性もいた。

 こうした「悲しみ」「衝撃」「テロの恐怖」を象徴する場所の一つが、この世界貿易センターの倒壊現場であることは間違いない。一般に野次馬というものは歓迎されない存在なのに、ここでは違っていた。ニューヨークではそのころ、一般の人々が事件現場を見渡せるよう、現場近くに展望台を設けるかどうかをめぐり、論争が起きていた。警察出身で有事の対応に強かったため英雄となったニューヨーク市長(当時)のジュリアーニら推進派は「人々は現場を見る正当で誠実な理由がある」「アメリカ国民は、この現場を見る必要がある」と主張していた。
 一方、もともとウォール街周辺の活気あるオフィス街だったこの地域を、早く以前の状態に戻したいビルオーナーらは、展望台が設置されると、この地域が「テロとの戦争を記念する場所」として固定され、以前は非常に高かった地価が下がってしまうため、展望台の設置に反対していた。下手をするとビジネス街がマンハッタンのもっと北の方に移動してしまい、この地域はビジネス街として再生できなくなる可能性があったからだ。
 400年近くに及ぶニューヨークの歴史をみると、繁華街はこれまでも何回か移動しているから、「ロアーマンハッタン」と呼ばれている貿易センター周辺の地域が寂れてしまう可能性は十分にあった。
 結局、2001年12月末、ビル跡地の隣のブロックに高さ4メートルの展望台が作られ、グラウンドゼロは保存される方向に進み始めた。

 私が見たところ、なぜアメリカ国民が世界貿易センターの崩壊現場を見る必要があるかといえば、それは過去に発生した「悲しみ」を記憶しておくためではない。むしろ「テロとの戦争」のために国民が一致団結しなければならないからで、テロの現場はその象徴だからだろう。つまり、世界貿易センターの跡地は、悲しみの象徴というより、戦争遂行の象徴、「敵」を明示するための象徴というべきだ。そうでなければ「大変化の始まり」を意味する「グラウンドゼロ」と呼ぶ必要はない。

 ニューヨークに滞在中、私はこうしたグラウンドゼロのあり方に疑問を持った。その理由の一つは、911事件の犯人に対する米当局の捜査が不十分なまま、戦争だけが先行してしまっていたからだった。
 事件発生から3日後に19人の実行犯の名簿が発表されたが、その直後に何人かは人違いであることが判明した。ところが、事件からちょうど3カ月後の12月11日、実行犯の仲間だったとされるモロッコ系フランス人が起訴されたとき、起訴状に記載された19人の実行犯のリストは、3カ月前と全く同じものだった。人違いであると報じられ、米当局がそれを認めて謝罪した人に関しても、そのまま「犯人」としてしまっていた。しかも、これについての当局の説明はいっさいなく、マスコミもそれを疑問視しないままである。
 また、米当局はイスラム原理主義活動家のオサマ・ビンラディンが事件の黒幕と断定したが、オサマが事件に関与したという証拠が、まったく発表されていない。実行犯のうち3人に対して中東のドバイから送金がなされており、その金を送ったのはオサマの部下であるというのが米当局の説明だが、その人物の行方は分からず、オサマの部下だという確証がない。

 もし米軍がオサマを生きて捕まえることができ、アメリカで裁判にかけた場合、証拠がないのでオサマを有罪にできない可能性が大きい。オサマだけでなく、アフガニスタンで米軍の捕虜となったオサマの聖戦組織「アルカイダ」の兵士たちの裁判についても、同様である。だから米当局は、911のテロリストは一般の法廷で裁かず、非公開の軍事法廷で裁き、証拠が不十分でも有罪にできるような体制が必要となった。

 そして、米当局が提示した犯人像に対する疑惑が消えない一方で、911以前のアラブ・テロリストに対するFBI(アメリカ連邦捜査局)の捜査が米政府の最上層部からの命令で止められていたことが暴露されたり、911の数カ月前から、アメリカが2001年秋にはアフガニスタンの政権を穏健な親米派と交代させるためにタリバンに対して戦争を起こす計画が進んでいたことが判明したりしている。
 2001年7月には、アメリカ、ロシア、イラン、パキスタンなどの元外交官らがドイツのベルリンに集まって「タリバン後」に関する非公式な会合を持っていたことも分かっている。(タリバンの消滅後、ベルリンで国際会議が開かれたのは、この延長と思われる)

 これらのことから「ある日突然にニューヨークとワシントンがテロ攻撃され、それへの対応として米軍がアフガニスタンを攻撃した」という、アメリカの当局やマスコミが世界の人々に信じさせようとしている筋書きは、かなり嘘臭いものだと感じざるを得なかった。
 一方、アメリカ国内では、911の「悲しみ」を「戦意」に変えるための世論操作が展開していた。その中心的な役割を果たしているのは「テレビ」だった。アメリカのテレビ、特にCNN、ABC、FOXといった大手は、アメリカがやっている「戦争」に関連した番組ばかりが目についた。
 「911」以降、軍や警察、消防などの制服組の人々が、勇敢な救援活動などによって英雄(ヒーロー)として扱われるケースが増えた。右派系といわれるFOXでは、911以降に英雄的な行為をした人々を次々と紹介する番組をやっていて、番組の最後に「あなたの周りに英雄がいたらお知らせください」と告知していた。

 ニューヨークの消防署の中には、世界貿易センターに救出に行ってビル崩壊に巻き込まれ、消防隊員の多くが死去した署がいくつもあるという。そのような話は痛ましいが、その一方で「英雄」作りに精を出すテレビ番組に接すると、何だか昔の中国共産党がやったようなプロパガンダにも似て、見ていて抵抗感があった。
 愛国的な番組の途中で流れるコマーシャルも「愛国心」を使って商品を売ろうとしていた。たとえば自動車メーカーのゼネラルモータース(GM)は、星条旗を降る従業員に送り出されて工場を出発した赤いピックアップトラックが、ニューヨークの消防署に届けられるというドラマ仕立てになっていて、言いたいことは「愛国心がある人は(トヨタやヒュンデなど外国メーカーではなく)GMの車を買いましょう」ということなのだと感じられた。
 クレジットカード会社は、手数料の一部が911の犠牲者の遺族に贈与されるという「愛国カード」を宣伝していた。数日前の新聞で「遺族はすでに必要以上の救援金を受け取っており、追加の義捐金の受け取りを辞退するケースが増えている」という報道を見た私のような外国人の目には、カード会社の「商魂」が目についてしまった。

 また私のニューヨーク滞在中、感謝祭のパレードがあったが、そこも愛国心の発露に満ちていた。パレードの中で「セレブレイト・アメリカ!」(アメリカ万歳)と繰り返す歌を歌いながら、笑顔満面の若者たちが踊るショーがテレビで放映されていた。
 それを見ていて「この笑顔はどこかで見たことがある」と感じた。考えてみると、一つは「北朝鮮で首領様に奉納される踊りの笑顔」であり、もう一つは日本の新興宗教であった。アメリカという国は、キリスト教と「民主・自由」といったアメリカ建国の理想とが結びついた一種の新興宗教ではないか、と感じられた。
 「自由の国」アメリカと、人々に自由がまったくないといわれる北朝鮮とでは、正反対の国であるはずなのに、どうして似たものに見えてしまうのか。アメリカの人々と話してみて感じたのは「アメリカの繁栄の象徴である世界貿易センタービルと、自国の強さの象徴であるワシントンの国防総省が同時に破壊されてしまった911事件は、ふつうのアメリカ人にとって理性的に考えることができなくなるほど大きなショックだったのではないか」ということだった。

 アメリカでは、9・11を「真珠湾攻撃以来の大攻撃」と呼ぶことが多い。「アメリカの領土が攻撃されたのは一九四一年の日米開戦時、日本軍がハワイの真珠湾を攻撃して以来だから」というのだが、私は実はこの表現には、一般に感じ取れるものとは正反対の、非常に深い意味が込められているのではないか、と感じている。

 真珠湾攻撃は、アメリカ政府の上層部にとって「奇襲」ではなく、日本軍が真珠湾を攻撃してくると分かっていながら、ハワイの米軍を十分な防御策をとらないままの状態にしておいたことが、すでに日米の多くの専門家によって明らかにされている。
 当時のアメリカ政府は、日本軍が真珠湾の米軍艦隊を攻撃するのを見届けた上で「奇襲された」と大騒ぎし、米国民に「日本との戦争は正義のためだ」という意識を持たせ、アジア太平洋地域から日本の勢力を駆逐するための太平洋戦争を始めるきっかけを作った。アメリカは、真珠湾を日本に「奇襲された」のではなく「奇襲させた」のである。
 日本との戦争に勝つことによってアメリカは、かねてから計画していた太平洋地域に対するアメリカの支配にじゃまな日本の軍事力を叩き潰し、日本を自国に従属させることに成功した。
http://www.aa.alpha-net.ne.jp/hosa2/50pearlharbor1.html

 一方9・11も、当日の防空体制の重大な不備や、事件前から事件後まで続くFBIに対するホワイトハウスからの捜査制限、テロ事件を利用してアフガニスタン攻撃というかねてからの計画を実行していることなど、アメリカは「奇襲された」のではなく「奇襲させた」のではないか、と考えたくなる点がいくつもある。だから私には、アメリカの高官たちが9・11のことを「米本土が奇襲された真珠湾以来の大事件だ」と言っているのが「米本土を奇襲させた真珠湾以来の大作戦だ」と聞こえてしまう。

 9・11後のアメリカの人々は、上から強制されて愛国心を持ったり、信憑性に疑問がある報道を信じているのではなく、いろいろ疑問を持ち始めると「アメリカの理想」を信じて生きてきた人生全体が崩れてしまうので、むしろ「余計なことは何も知りたくない」という態度をとっているのではないか、とも思われた。
 9・11後のアメリカと、中国とは似ているという私の感想を、ニューヨークで会ったアメリカ人(白人男性)に話したところ、むっとした様子で「アメリカは今、戦争という非常時なのだから、マスコミに自由な報道を許すべきではない。中国との比較は短絡的だ」と反論された。「アメリカは民主的で進んだ国、中国は独裁的で遅れた国」という意識を持つアメリカ人は多いが、それが発言に表れていた。

 第二次大戦に負けて以来、愛国心というものがタブー視される体制が組まれている日本に比べ、アメリカの人々は「自国の栄光を自分たちで維持している」という意識が大きく、もともと愛国心を強く持とうとする傾向がある。そこに911が発生し、テレビを通じた愛国心発揚のプロパガンダが繰り返された。
 本書の中で詳述するが、アメリカは911以前からアフガニスタンを皮切りに「第二冷戦」的な長期の「テロリストとの戦争」を始める計画を持っていたふしがある。その線に沿って考えると、アメリカ政府は911の発生と同時にマスコミを制御し、国民の愛国心を高め、事件やその後の戦争に対する疑念を国民に抱かせないように動いたのだと思われた。

▼日本とアメリカのグラウンドゼロを比べる

 「グラウンドゼロ」が「原爆の爆心地」なら、それは日本にもある。広島と長崎である。考えてみると、ニューヨークのグラウンドゼロと日本のグラウンドゼロとでは、自分たちが行った「戦争」に対する意味づけを持たせるための場所という点では同じだが、その方向性としては全く正反対であることに気づく。
 ニューヨークの911のビル崩壊跡地は、今後長期にわたって続くと考えられている「テロリストとの戦争」の敵がイスラム原理主義者であるということを明示する意味がある。だが「敵」について知ろうと調べれば調べるほど、その実体は不明瞭になってしまう。実行犯については大半のメンバーが、実はどこの誰だったのかも確定していない。「戦場」であるアフガニスタンや「黒幕」と呼ばれるオサマ・ビンラディンと、と実行犯との関係もはっきりしない。その一方で、アメリカの高官たちが911より前からこの手の「戦争」を起こしたがっていたことも見えてきて、「敵」が誰なのか分からなくなってくる。

 一方、広島や長崎はどうだろう。誰が原爆を落としたのか、当時の敵が誰だったのかは、非常にはっきりしている。広島に原爆を落としたエノラ・ゲイ号は、今もワシントンDCのスミソニアン航空宇宙博物館に、誇らしげに展示されている。だが、広島・長崎を中心に続けられている平和運動からは「誰が攻撃してきたか」という視点が、ぽっかり穴があいたように抜け落ちている。
 広島・長崎が発するメッセージは「日本がアメリカにやられた」ということではなく「日本が悪いことをしたから、こういう悲惨な結果になりました。もう悪いことをするのはやめましょう」ということだ。そこでは、原爆投下を招いたのは日本人の自業自得である、ということになっている。これは見方によっては、日本が二度とアメリカに敵対しないようにするための運動である。

 「広島・長崎」が戦後の日本に必要だった理由は、日本の敗戦が、軍部の独裁が終わり、代わりに官僚と政治家が主導権を握るという国内変化だったことと関係していると思われる。日本の官僚と政治家は、アメリカが日本軍を打ち負かしてくれたおかげで、日本国内での主導権を握ることができた。だから戦後、二度と日本の軍部が復活しないよう「戦争はいけません」という平和運動を展開することが政府にとって好ましく、その運動から意識して「加害者はアメリカだ」という視点を排除する必要もあったのではないか。
 できるだけ「敵」を強調するためのアメリカのグラウンドゼロと、できるだけ「敵」を忘れることが必要な日本のグラウンドゼロとは、与えられた方向性が全く逆なのである。

 このことを、ニューヨークのアメリカ人(前出の白人男性)に話したところ「君の考えは間違っている」と言われた。「そりゃ、日本人である君にとっては原爆投下は頭にくることだろうけど、君たちがやった戦争は悪いことなんだから、自業自得というのは正しいよ。それから、世界貿易センタービルに突っ込んだのがイスラム原理主義のテロリストであることは間違いないし、ビンラディンもテレビで自分の関与を認めている。敵は彼らだということは、はっきりしているじゃないか。細かい点で矛盾はあるかもしれないが、大筋の方向性として、アメリカの政府や軍がやっていることは正しい対応だ」

▼マスコミとインターネット

 9月11日の大規模テロ事件が起きた後の一時期、私は「スペイン語かフランス語を勉強する必要がある」と感じていた。
 私が手がけている仕事の中心は、国際情勢に関する分析記事を書くことだ。毎週一本ずつ、世界のいろいろな地域の出来事について記事を書き、電子メールで配信している。その際、情報源として使っているのは、以前は主にアメリカとイギリスの、新聞・雑誌などマスコミの記事だった。
 だが9月11日を境に、英米のマスコミは大政翼賛的になり、真実を語らなくなった。そのため、英米以外の国、たとえばフランスや中南米などのメディアの報道も参考にした方が良い、と思ったのである。

 アメリカのマスコミは、いくら「戦時」とはいえ、政府の宣伝しか報じないようになった。これは、世界一流と言われてきたアメリカのジャーナリズムにとって自殺行為に等しいと思われた。今や「人民日報」など中国のマスコミを笑えない状態なのである。中国の多くの人々は「報道にはプロパガンダが多い」と分かっているが、9月11日以降のアメリカでは、プロパガンダだと分からずにマスコミの報道を信じている人の方が多いようなので、事態は深刻だ。

 アメリカ政府が、自らに対する批判報道を封じ込めた方法は、マスコミに対して「政府や軍がやっていることをうかつに報道することは、テロリストに大事な情報を提供してしまうことになり、国家に対する反逆である」と警告することだった。
 ブッシュは10月上旬、米議会に対して「私が議会に教えた機密情報を、一部の議員がマスコミに流している。これは(敵に情報を伝えてしまうので)前線で戦っている我が国の兵士たちを危険に陥れている。こういうことが続く限り、もう議会に情報を教えるわけにはいかない」と警告した。
 米議会の中には、民主党や、共和党の中道派など、ブッシュ大統領ら共和党右派が進めている戦争政策に反対している議員がけっこうおり、そういう人々がマスコミに政府批判を書かせようと情報を流したことに対する反撃が、このブッシュの警告だった。米議会はマスコミに情報を書かせることを止めた。マスコミに対しても「政府批判をする君たちは、愛国者なのか、それともテロリストの味方なのか」といった問いが突きつけられ、反戦報道が控えられた。
 こうした報道体制に加え、炭疽菌の事件や、911から2カ月後の11月12日にニューヨークで起きたアメリカン航空の墜落事故など911で始まった恐怖を人々に忘れさせないような事件が、偶発的に起きたものかどうかもはっきりしないまま続発した。(後で述べるが、炭疽菌事件は米軍自身が関与している可能性が大きい)

 英米以外のマスコミでは、これまでフランスのメディアとして「ルモンド・ディプロマティーク」英語版を見ていたが、以前は、私には陳腐に思える旧左翼的な論調が目立っていた。ところが9月11日以降は、米政府のプロパガンダに染まったアメリカの大手新聞より、ルモンドの論調の方が冷静で、真実に近いと思える状態になった。
http://www.en.monde-diplomatique.fr/

 英語のメディアでは「世界社会主義者ウェブサイト」(WSWS)などを新たに定期的に記事を一覧する対象に入れた。
http://www.wsws.org/
 たとえば、このサイトに2001年10月16日に載った「メディアとブッシュ」という記事は「かつてブッシュ(大統領)を凡人だと批判していたニューヨークタイムスやワシントンポストは、今やブッシュがいかに偉大かということばかりを報じている。この変節ぶりには驚かざるを得ない」などと書いている。こうした指摘は、私には「全くその通り!」と思えるものだった。
http://www.wsws.org/articles/2001/oct2001/bush-o16.shtml
 英米以外の英文ニュースも、911後の情報収集には貴重だった。私が注目しているメディアの中に「アジア・タイムス」がある。これは東南アジアや南アジアに関する記事を載せているインターネットのメディアで、以前は新聞を発行していたが儲からなかったらしく、今はネット専業となっている。
http://www.atimes.com/
 このメディアは、特にパキスタンの軍事筋から取ってくるニュースが光っており、アメリカのマスコミで報じられている意味づけとは大きく異なる筋書きの展開が、実はアフガニスタンで起きているのだ、と何回も気づかせてくれた。アジア・タイムスだけでなく、ルモンド・ディプロマティークもWSWSも、インターネット中心のメディアである。

 911後に貴重だと感じたもう一つのインターネット上のメディアは、ジャーナリスト個人のサイトだった。
 アメリカでのジャレッド・イスラエルというジャーナリストは、アメリカのマスコミが流した911とテロ戦争関係のニュースをウォッチし続け、事件の全体像を自分なりに再構成することで、マスコミが描かない戦争の本質を洞察している。
http://emperors-clothes.com/
 彼の経歴を読むと、左翼的な活動をしてきた人であるようだが、自分の正義感からいろいろ調べ、疑問に思ったことを記事にしているということがうかがえる。
http://emperors-clothes.com/editors.html#5
 彼が3部作として書いた記事では、9月11日の当日、アメリカ軍がどのような動きをしたかを詳細に追うことで、軍と政府がテロ事件の発生をわざと防がなかったのではないか、という分析を展開している。
http://emperors-clothes.com/indict/indict-1.htm
http://emperors-clothes.com/indict/indict-2.htm
http://emperors-clothes.com/indict/indict-3.htm
 本書の第2章「テロを防がなかった米軍」は、この3部作を読んで感銘を受けた私が、自分なりに当日の状況を調べて分析し、書いたものだ。

 また、マイク・ルパートというジャーナリストは、もとはロサンゼルス市警察に勤めていた。そこで麻薬取引を捜査していた1977年、CIAが秘密作戦の資金作りの一環として麻薬取引に関与していることを発見したが、それを問題にしようとしたところ、ロス市警を追い出されてしまった。そのため、ルパートはジャーナリストとして活動を開始し、CIAとアメリカ政界の関係などを調べて書き続けている。
http://www.copvcia.com/

 一方、グレゴリー・パラストというイギリスのフリージャーナリストは、FBIの現場捜査官が政府上層部から911やその前のテロ事件に関する捜査を止められていたことを突き止め、BBCで番組化している。パラストはこの他、ブッシュ政権やCIAの本質から、エンロン事件、アルゼンチン通貨危機の分析などにいたるまで、幅広い取材を手がけ、イギリスの新聞などに書いている。
http://www.gregpalast.com/

 政府統制下のマスコミ報道に疑問を持ち、独自の報道を展開するジャーナリストたちは、911以降のアメリカでは、彼らは「陰謀論者」というレッテルが貼られがちである。
 しかし、ネット上の記事をいろいろ調べていくと、陰謀をやっているのはジャーナリストたちの方ではなく、事件を誘発し、都合が悪い部分をすべて隠すために言論統制を行っているアメリカ政府の方であると感じられるようになった。
 グレゴリー・パラストは、30年前には調査報道などで高く評価されていたアメリカのマスコミが、今では政府や大企業に嫌われることが全く書けなくなってしまっている、とインタビューの中で「アメリカン・ジャーナリズムの死」を嘆いている。
http://www.guerrillanews.com/counter_intelligence/235.html

▼インターネットと911

 インターネットの存在がなければ、パラストらの記事を日本で簡単に読めるという状況も存在しなかった。ネット上には、アメリカやその他の国々の小さな新聞の過去の記事や、各地の放送局の放送原稿なども存在しており、googleなどの検索サイトを使い、キーワードを工夫しながら検索していけば、かなりの情報が集められる。
http://www.google.co.jp/
 すでにネット上から削除されてしまった記事でも、googleのキャッシュ機能を使えば、もう存在しないはずの記事でも読めることが多い。
(キャッシュ機能とは、googleのサーバーがネット上の何百万というサイトに順番にアクセスし、検索データベースを作成する際、自動的にサーバー内にコピーを作っておく機能のことで、オリジナルのページが消えても、キャッシュが残っていれば、情報を得ることができる。googleのほか、キャッシュ機能を使って「消えたページ」を保存しているサイトとしてarchive.orgがある。キャッシュは一般のパソコンのブラウザにも必ずついており、インターネットに不可欠な情報の一時保存機能なので、キャッシュメモリに情報をコピーすることは著作権侵害ではないということになっている)
http://www.archive.org/
 インターネットがあるおかげで、アメリカ政府が行っているマスコミ統制には、ある程度の風穴が開けられている。ブッシュ政権としては、インターネットなんか存在しなかった方が、完全な情報統制が行えるので好ましかったに違いない。

 考えてみると、インターネットは1992年から2000年まで続いたクリントン政権下で生まれたものだ。副大統領だったゴアが2000年の大統領選挙に出馬したとき「私がインターネットを作った」と自己PRしたが、これはある程度正しい。クリントン政権は、政策の一環としてインターネットを振興していた。
 クリントンは民主党で、ブッシュの共和党とはライバル関係にある。そして、アメリカでなるべく多くの公的情報を秘密にしたいと考えているCIAは共和党の影響下にある組織で、CIAはオサマ・ビンラディンの登場や911事件の発生、テロ戦争の展開に密接にかかわっている。
 民主党は、伝統的にCIAの力を制限しようとし続けており、1963年のケネディ大統領暗殺も、冷戦下で急拡大し、大統領を無視して世界的に暗躍し始めたCIAの力を潰そうとして逆に反撃されたのだ、という見方が今もアメリカでは根強く残っている。
http://www.maedafamily.com/cia.htm
 1972年のウォーターゲート事件は、共和党のニクソン大統領がCIAを使って民主党の議員の電話を盗聴させたことが事件の始まりだった。

 そんなことを組み合わせて考えると、クリントンの民主党政権がインターネットを急発展させたことは、政府が情報統制を行うことを難しくし、共和党がCIAを使って勝手なことができないようにするという意図があったのではないか、と思われてくる。
 さらに言うなら、インターネット上のウイルスは、共和党のブッシュ政権の時代が始まってから急拡大している。コンピューターウイルスの多くは、誰が作ってまいたのか最後まで分からないが、ネットの発展を妨げるのでCIAには好都合なのではないだろうか。

 私が書く記事の多くは、インターネット上の情報をもとにしており、本書も情報源の大半はマスコミや個人のジャーナリストの記事、アメリカ政府当局などがインターネットに載せた情報である。私が書いたことを読者が検証できるよう、各章、各項目の情報源となったネット上のページのアドレスを記すことにした。
 本の中に長いアドレスを書くとキーボードで打ち込むのが大変なので、私のウェブサイトのページ http://tanakanews.com/911/ からリンクでたどれるようにした。情報源となったページのほとんどは英語だが、インターネットの情報力を実感するためにも、ご覧になっていただきたい。

 ネット上の情報は、誰でも作成・公開することができるため「ネット上の情報にはウソが多い」という見方もある。本書に対して「ネット情報を使って書いた本など信頼できるのか」という意見も出てくるだろう。だが逆に「マスコミ報道だけ読んでいれば間違いない」という時代も、すでに終わっていると思われる。
 だとしたら、一つのテーマについて、マスコミやフリージャーナリスト、市民運動組織など、いろいろな人々が書いたなるべく多くの種類の文書を読むことで、自分なりに真偽を見極めていくしかないだろう。この本に書いたことは、著者である私(田中宇)がネット上や紙媒体の資料を組み合わせ、事実であろうと思われることをベースにしている。

【2】テロの進行を防がなかった米軍



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